「シネマテークたかさき」開館から15年

(2020年03月31日)

映画を愛する映画館


あら町の映画館『シネマテークたかさき』が平成16年(2004)12月の開館から15年を迎えた。高崎の中心市街地にあった映画館が次々に閉館していく中で、シネマテークたかさきは誕生し、「映画のまち高崎」の一翼を担っている。

 

 映画を愛するまち高崎

シネマテークたかさきは、NPO法人たかさきコミュニティシネマが運営するミニシアターで、代表理事の志尾睦子さんは「15周年おめでとうと言われて、あらためてこれまでの年月を実感しました」と話す。

シネマテークのロビーの壁には、監督や役者らのサインがびっしりと書かれていて、こんなにたくさんの映画人がこの「小さな映画館」にやってきたのかと思うと、高崎市民としてとてもうれしく、誇りに感じる。また、かつての若手監督、新人俳優が年月を経て、巨匠やベテランと呼ばれるようになってもなお、高崎を大切にし、回を重ねて訪れてくれている。

 

シネマテークたかさきや今年2020年に34回を迎える高崎映画祭など市民の文化活動によって、「映画のまち」と自負できる高崎の都市文化が創られたと言っていい。特に映画人によって高崎は非常に高く評価され、またそのことで映画ファンも広がっている。高崎は映画を愛するまちと言える。

 

観客数は延べ53万人

シネマテークたかさきがオープンしたのが平成16年(2004)12月。当初は座席数58席のシアター1だけだったが、平成19年12月に2階に座席数64席のシアター2が増設された。

全国で公開される映画は年間約1,100本から1,200本超とされ、地方のシネコンで上映される作品は、ハリウッドの超大作や国内大手の話題作が中心。シネマテークは、シネコンと棲み分け、単館系と呼ばれる作品を上映している。

 

シネマテークではシアター1、シアター2の2つのスクリーンを使って1カ月に15〜16作品を上映し、2018年シーズンは上映本数181作品、観客数は4万9,585人、2017年は上映本数173作品、観客数は4万6,140人となっている。

 

開館から昨年11月までの上映本数は延べ2,114本、観客数は延べ53万2,531人、来館ゲスト数は397人となっている。

 

一般社団法人コミュニティシネマセンターの統計で、群馬県内の映画館の年間観客数は269万1千人、県民一人当たり年間に1.4回映画を見たことになるそうだ。様々なコンセプトの映画館が集積する都内と比べると、群馬の観客数は東京のちょうど10分の1、映画文化の地域格差は極めて大きい。

 

単館系作品がシネコンで上映されることは少ないので、ファンにとっても、そして映画製作者の側からもシネマテークは貴重な映画館なのである。

 

シネマテークでは俳優や監督による舞台挨拶・トークイベントも頻繁に行われ、ファンを楽しませている。昨年11月にシネマテークで上映した『ある船頭の話』では、オダギリジョー監督の舞台挨拶が急きょ決定し、系列の高崎電気館で特別上映会が行われた。こんなことが実現できる「映画館」は、決して多くはないだろう。シネマテークたかさきは、中心市街地のにぎわい創出や文化による地域貢献の拠点となっている。

 

映画によるまちづくりの拠点

ご存知のように、シネマテークたかさきは、高崎映画祭から生まれた映画館だ。高崎映画祭の創設者であり中心人物だった故・茂木正男さんらが、長年夢見てきた事業を実現するため、NPOたかさきコミュニティシネマを立ち上げた。このNPOの定款に13項目の事業が盛り込まれているが、その第一番目に「常設映画館の設立・運営」(=シネマテークたかさき)が掲げられていた。

 

なお定款の2番目以降の項目はフィルムコミッション(FC)や高崎電気館、ワークショップなどの事業につながっている。

 

2スクリーン目を実現した翌年、平成20年11月、高崎映画祭の顔でありシネマテークたかさき代表の茂木正男さんが病気のために逝去した。

 

茂木さんの後を継ぎ、現在、NPOの代表理事と高崎映画祭プロデューサーに志尾睦子さん、シネマテーク支配人に小林栄子さんが就いている。シネマテークで上映する作品は全て支配人が選定することになっているそうだ。

 

毎年、実施している企画「BOM(ベスト・オブ・茂木正男)シリーズ」が12年目となり、開館15周年イベントとして、茂木さんの愛したヌーヴェル・ヴァーグ作品を特集した。こうした特集企画も特徴があり、名優、名監督の作品をテーマの中でまとめ上げて上映している。また近年は、歴史的な作品のデジタルリマスター版を上映していることも見逃せない。映画の芸術性や魅力を観客に伝えようとする気持ちが見え隠れしている。

 

半年もてばいいほうだ-幾多のピンチを乗り越えて

15年前にシネマテークたかさきが開館した時は「半年もてばいい、と言われた」と志尾さんは振り返る。実際に長続きしなかったミニシアターや、シネコンでさえ閉館してしまう現実もあり、地方都市の映画館経営は厳しい。シネマテークでの映画上映に加え、映画をテーマにした芸術文化事業などNPOとして幅広く活動を展開できたことが、経営面でも大きな支えになったそうだ。

 

また時代の流れで、映画の供給媒体がフィルムからデジタルに移り、高価なデジタル映写機を導入できないミニシアターが閉館していったが、シネマテークは高崎市の支援を受けてデジタル対応することができた。

 

一方、デジタル化によってプロジェクターでブルーレイを上映するような簡易な方法も可能となり、レストランやライブステージと組み合わせ、シアタールームのような劇場も登場し、ミニシアターの形態は多様化している。

 

映画と関わることのできるまち高崎

「やっと15年とも感じるし、まだ15年とも感じます。茂木さんが亡くなって10年ですね。明日つぶれるなと思った日もありましたし、スタッフと激論もしました」。15年は言葉で言い尽くせない。

 

映画や映像作品の製作支援を行うフィルムコミッション活動、映画文化の歴史を伝える高崎電気館、映画を通じてシンガポールとの交流など志尾さんらの事業も広がっている。

 

志尾さんは「シネマテークは映画に携わりたい人たちが、高崎で映画に関わる仕事ができる場」と語る。シネマテークや高崎映画祭を通じて俳優や映画界をめざし夢を実現した若者もいる。映画「家族のレシピ」で高崎市はシンガポールとのつながりを深めた。FCとしても海外作品は初めて経験したそうだ。

 

「国内だけでなく世界と高崎が直接つながっている。世界で見つけてきた映画をシネマテークで国内初上映できたらいい」と志尾さんは話す。

高崎商工会議所『商工たかさき』2020年1月号

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