景観が高崎の“思い”を未来につなぐ(3)

(2018年11月30日)

まちづくりの取り組みと景観

高崎の副都心・問屋町の景観

区画整理をきっかけにまちづくり 南銀座商店街

南銀座商店街では、昭和56年に区画整理が決定され、工事が平成13年10月頃から本格的に始まった。

計画段階で、地域ではデザイナー、コーディネーターを交え「街づくり委員会」を組織し、長期にわたる街路整備事業の整備計画案を高崎市へ提案した。街路のインターロッキングや街路灯など一つひとつを地域と商店街が一体になってまちづくりを進めた。高崎市も地元の要望を取り入れながら事業を実施した。バブル期以降の厳しい経済環境の中で官民の協働事業としては最善の選択ができたと商店街では当時を振り返る。

一方、二年間に及ぶ工事期間に客離れが心配され「商店街は持ちこたえることができるか」と危機感が募った。南銀座の進入路となる大手前通りも、同じ時期に長期工事が行われており、工事ばかりしている街区としてマイナスイメージが強まり、歩きにくく自動車での通行もままならないような状況が続いた。店の前は工事フェンスでふさがれ、お客様が店に入るにも一苦労だった。

街路整備が終われば素晴しい商店街になることをお客様にPRし、なんとか客離れをくい止めよう、店を閉めてしまうお店が出ないようにがんばろうと、商店街は取り組んだ。

平成15年11月、待望の街路整備事業が完了。20年以上にわたったまちづくりが実を結んだ。高崎の商店街を象徴する街区の一つと言える。

 

地区計画でビジネスのまちづくり 高崎卸商社街協同組合

平成12年頃より厳しい経営環境を反映して転廃業を余儀なくされる組合員企業も見られた。立地は卸売業に限るルールが設けられていたが強制力はなく、競売された土地にラブホテルの計画も持ち上がっていた。一方、問屋町新駅の計画も進み、新駅開業を見込んだ動きも始まっていた。

高崎卸商社街協同組合は平成12年7月に特別委員会として「問屋町まちづくり研究会」を設置した。平成13年2月に新駅設置に伴うまちづくりや小売業への開放などの規制緩和など、高崎副都心としての基盤整備を盛り込んだ提言をまとめた。

より実効性のあるまちづくりルールを策定しようと、全国初の住民提案型の地区計画に着手。法定数を超える8割の住民の賛同を得て、平成16年4月に新しいまちづくりの基準となる「問屋町地区地区計画」が施行された。この地区計画は、建物の用途等に制限を加え、問屋街を将来にわたって良好な商業集積地として発展させるもので、これにより街の方向性が定められた。風俗店の規制や土地の高度利用をはかるための戸建て住宅等の制限も盛り込まれた。

防犯カメラ付き街路灯の整備による安心安全なまちづくり、新たな展示会館「ビックキューブ」の開館など問屋町の拠点性も高まっている。マンション住民の増加、大手メーカーのショールームの集積、大学の新設など多機能なまちに変貌している。

こうした取り組みによって問屋町に進出を希望する企業も増え、空き地が無い状況という。高崎卸商社街協同組合では「ビジネスと暮らし・学びが融合した良好な商空間を創出していきたい」と話している。

 

路地の個性的を演出  東一条商店街

昭和60年8月に藤五伊勢丹が閉店し、跡地が駐車場となっていたが、東一条通りの地域住民と高崎市によるまちづくりの勉強会が行われた。平成20年のマンション建設に伴って、セットバックと植栽、水路の開渠化が実施された。水の流れをシンボルに「せせらぎストリート」という愛称も付けられた。

手づくりの商店街イベントなども行われており、まちづくりが継続されている。

 

景観は人々が活動するための空間づくり

高崎の冬の風物詩「光のページェント」などイルミネーションの演出により、華やかな夜の景観づくりも継続されている。都市は様々な顔を持ち、商工業者、事業者の積極的なデザインもまちの構成要素だ。

高崎市が景観としても優れた公共建築物を建設していることも、景観意識を醸成、誘導に大きく寄与している。 多様な景観が高崎市の特徴。高崎に人が集まり、活動しており、人々が幸せに動ける空間づくりが〝景観〟といえるのではないだろうか。

 

高崎商工会議所『商工たかさき』2018年11月号

 

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