有花園が創業150年。

(2019年04月30日)

全国有数の老舗花屋

 

書物が語る有花園の広い花畑

昭和48年に発行された『開化高崎控帖』という冊子には、明治頃の高崎の様子が記されている。その中に、明治33年4月に高崎中学(旧高崎高校)が赤坂町長松寺の仮校舎から、上和田町に校舎も寄宿舎も新築移転。西毛の最高学府への新入学に胸を踊らせた子弟に付き添って郡部から出てきた父兄たちが驚いたというほど、見渡す限り「有花園」の花畑が広がっていたという記述がある。近くにはおいしいだんご屋があって、寄宿生たちは校庭の垣根をくぐり、有花園の畑を通ると一番近いので、いつしかだんご屋道ができてしまったと、何とも牧歌的で微笑ましい風景があった。

「有花園」は上和田町に店舗を構える市内一番の老舗花屋。明治元年の創業で、昨年150年目を迎えた。初代の亀田関太郎さんが、埼玉の本庄から高崎に移り住み、種苗農家となったことに始まる。

「切り花用の花や、植木、盆栽などの鉢物も自家栽培し、リヤカーに積んで長野まで行商に出掛けたと聞いています。寺の門前で仏花を、また縁日には盆栽などを販売していたようです」と話す亀田慎也社長。昨年8月に父・又士さんの跡を継いで6代目に就任した。

 

 

大勢の職人を抱え手広く造園業も営む

明治後期から大正時代には、2代目の五郎三さんが造園業に着手し商売を広げた。『開化高崎控帖』に、“有花園は県下に広く支店網を張っている大手の園芸家で、花物の外造園業も手がけている。主人は富豪泉仙のお抱えで、旦那のお供で榛名あたりの別荘回りが主で、まれにしか帰宅せず、ちょっとおれは職人じゃないといいたそうなキップのいい男だった”という記述がある。トップ自らセールスの手腕を発揮し、大口の受注獲得に励んでいた様子が伺える。多くの職人を抱え現場を動かしていた様子が、有花園の名前入りの半天を着た大勢の職人が写った古い写真として残されている。

手がけた造園の中には、高崎公園の瀑布、琴平神社の洞窟などがある。高崎公園の瀑布は国道17号が通る時に分断され今は小さな滝が残っているだけとなった。琴平神社のお稲荷様が祀られた洞窟は、今も不思議な雰囲気を醸し出している。その他にも、もてなし広場内、高松郵便局裏の灯ろうなどがなごりとなっている。

 

 

生け花教室も主宰。花の世界を広げる

昭和16年(1941)12月に太平洋戦争が勃発すると、家業は一時中断された。終戦後、五郎三さんの長男五六さんに子どもがなかったことから養子となった末弟の又雄さんが、4代目として寄合町に店舗を構え花屋を再開。流通システムが確立され、花は仕入れたものを販売するようになった。

高度経済成長期、人々の暮らしが豊かになるに従い花の需要も膨らんだ。特に、お稽古ごとの代表格として戦後盛んになった華道について、又雄さんの妻・とくさんは、小原流の師範として弟子を200人ほど抱えるようになった。店舗の2階で教室を主宰し、小原流の群馬支部長を務めるなどの活躍を見せた。一方の又雄さんも群馬県生花商業協同組合理事長を務め、自店の商売だけでなく業界の発展に尽した。

 

老舗花屋を背負う6代目の奮闘

「お祝いやご供養、感謝の気持ちを届けたい。花を媒介にして、そうした人の心をつなぐこと、これが花屋としての喜びです。そのために、お客様にご満足いただけるようデザインや技術の習得に励み、切り花や、枝もの、葉物、鉢物など種類も豊富に取り揃えています。そして何より、お客様の気持ちに寄り添えるようお話をしっかり伺うことを心がけています」と話す慎也社長。老舗の誇りがたゆまぬ努力に向かわせる。

季節の便りやフラワーアレンジメントの写真、入荷情報、お客様との素敵なやりとりなどをSNS各種の特性を使い分け情報を発信している。

「先日、アメリカ在住の女性から、市内で暮らすお母さんにお花を届けてほしいと依頼され、アレンジした写真を送り了解を得てお届けしました。ネットならこんなことも簡単にできます。また、今は生花だけでなくブリザーブドフラワーやソープフラワー、ハーバリウムなどを楽しむことができます。利便性や購入しやすい環境を追求し、様々なシーンで花を贈る、飾る機会を増やしていけたらと思います」。高齢化、ネットワーク化、グローバル化をキーワードに、新たなサービスや事業を模索する。

 

伝える・つなぐを大切にする勤勉なDNA

亀田慎也社長は、かつて経営者団体「高崎青年会議所」の理事長や、5人の子どもたちが通う学校のPTA会長や評議員を務めるなど、地域の活動に熱心に取り組んできた。ライフワークとしてインターネット配信「上州テレビ」の番組『高崎わたしばなし』でパーソナリティーも務めている。“高崎をよく知り、高崎をこよなく愛する人と、まちの記憶を訪ね歩く”をキャッチフレーズに、ゲストから聞き出す等身大の生きた歴史が興味深く好評だ。

また、有花園には、古い台帳や資料が残されている。几帳面で丁寧な記述が綴られており、大切なことをしっかり後世に残し役立てたいとする勤勉な遺伝子が感じられる。150年の歴史を紡いできた秘密がここにありそうだ。

 

 

株式会社有花園

代表取締役社長  亀田 慎也

高崎市上和田町8

TEL:027-322-4875

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