挑戦する老舗企業(3)豊田屋旅館

(2017年08月8日)

割烹として評価を高める

●高崎駅前のシンボル
 高崎駅前の豊田屋旅館。ビル街の中にたたずむ木造2階建ての本館は、タイムスリップしたような空間であり、高崎のシンボル、ランドマークである。
 明治17年(1884)に高崎駅が開業し、豊田屋旅館もその頃に高崎駅前に創業した。かつて高崎駅前には旅館が軒を連ねていたが、130年余の歳月と都市開発で姿を消した。豊田屋は今日まで生き残っている数少ない駅前旅館であり、昭和7年(1932)に建築された本館を守り続けている。
 戦前は高崎第十五連隊の兵士に面会する家族の宿となり、伝令将校として司馬遼太郎も泊まった。戦後は映画「ここに泉あり」で撮影に訪れた岸恵子、岡田英二、小林桂樹らが宿泊するなど、様々なエピソードが豊田屋の魅力の背景にある。

●予約制で豊田屋でしか味わえない満足感
 現在の豊田屋は、昼の会席、夜の宴席など割烹の需要が非常に多い。老舗と言ってもけっして気位が高いことはなく実直な店だ。親しみやすく価格も手ごろであり、客の要望に沿うよう心を尽くしてくれる。昼夜とも予約制でメニューはなく、一人いくらで何人というような申し込みで、料理は季節にあわせて楽しませてくれる。
 駅前通りの豊田屋の存在感は大きく、一度は入ってみたいスポットである。一方、豊田屋は広告宣伝をせず、インターネットにも無縁なので、豊田屋のシステムは知る者しか知らない。「あの豊田屋を知っている」というちょっとした優越感が客側の心理にもある。歴史を感じさせる館内の雰囲気は、訪れた人に豊田屋ならではのプレミアムな満足感を与え、心をつかまれる。初めて豊田屋の玄関をくぐった人は、思わず感嘆の声が出ることだろう。豊田屋で食事をしたことを自慢話として誰かに話したくなるのである。高崎の豊田屋だけでしか味わえないおもてなしが愛されている。

●奇跡的に生き残った駅前旅館
 平成13年(2001)に高崎市の土地区画整理事業のため、豊田屋は解体の危機に瀕した。駅前通りに面して2階建て4棟を廊下でつなぎ44畳の大広間と12の客室を持っていたが、老朽化のため曳家に耐えられないことがわかり、園原さんは廃業まで考えた。
 「先代から受け継いだ豊田屋を自分の代でつぶすわけにはいかない。この場所でがんばりたい」と決意した園原さんの周りに、豊田屋を残したいという友人や関係者の知恵と情熱が集まった。本館だけをなんとか曳家で後退させ、増改装も加えて現在のかたちにリニューアルした。この時に客室が大幅に減少し、廉価なビジネスホテルとの競争も激化。宿泊から会席に重心を置き、結果的に、それが新しい豊田屋の魅力とブランド力になった。
 「みなさんのおかげで豊田屋を残すことができた」と園原さんは振り返る。お客様を大切にし、明治以来、高崎とともに歩んできた駅前旅館の歴史をつないでいきたいと語る。
昼食=1,670円(税込)。夕食=3,500円(税別)から。飲物は別途。
宿泊=6,000円(朝食付き・税別)。
食事・宿泊とも事前予約。


代表取締役 園原 豊さん
有限会社 豊田屋旅館
創業:明治12年(1879)
高崎市八島町272
TEL:027-322-3137

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