父から受け継ぐ ものづくりへの情熱

(2015年10月6日)

だるまの幸喜


 昭和47年、室内装飾業を創業した旭国彰さんは「だるまの生地が不足している」と相談を持ちかけられ、昭和54年「だるま製造」を開始した。幼い頃から家業の豆腐屋で仕事を任せられてきた国彰さんにとって、ものづくりに対する情熱は人一倍だった。「他のだるま屋に行くと真似になるから」と妻、喜美江さんと試行錯誤し二人三脚でだるま作りに専念。ようやく3年後、自信を持って作れるようになった。
 平成8年、それまで流通小売業界にいた長男・剛正さんが家業に入り、2年後に「だるまの幸喜」を分社。今年の5月に社長に就任した。「当初、父を継いで内装業でやっていこうと思ったが、だるまの方が向いていると言われ早々に転向しました」と笑う。剛正さんと妻、一姫さんが作るだるまは繊細な髭と眉が描かれ、凛としている。学校の部活動から入るだるまの注文にはユニフォーム姿を描いて個性を出す。夫婦そろって家業を支える伝統の旭家の姿だ。
 「内装業で忙しかった父は寝る間も惜しんで働いていた。夜、父の弁当を持って母と現場に行き、雑巾絞りの手伝いをした」と昔を懐かしむ。「職人気質の父はとにかく凝り性で器用。十分の一でも真似できたら」と父の存在の大きさに今も頭が上がらない。国彰さんは「昔から仲間を呼んでわいわいやるのが好きだったが、せがれも人付き合いがいい」と気さくで面倒見の良い剛正さんの姿に目を細める。
 高崎のシンボル「だるま」。後継者問題や原材料費の高騰など課題を前に「高崎で200年続くだるまの認知度を上げて、技術を若い人に継承していきたい」と決意を語る剛正さん。「自分で思った通り、自由にやってもらいたい」という国彰さんに対して、「これからもアドバイスをもらいたい」と父を尊敬する気持ちに変わりはない。
 繁忙期には国彰さんも加わり総出でだるま作りに励む「だるまの幸喜」。喜美江さんとその姉、幸子さんの一字からとった屋号「幸喜」には旭家の固い絆がある。「うちのだるまを選んでくれるのは、作り手を選んでくれているのだと思う。これからも精進し“幸喜らしさ”がにじみ出るだるま作りをしたい」と、笑顔で語ってくれた。

■有限会社 だるまの幸喜
会長:旭 国彰
代表取締役 旭 剛正
本社:高崎市下大島町28-1
工場:高崎市上大島町12-7
電話:027-344-1043

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