映画のある風景

高崎の空気感~これぞ映画だと思えた素晴らしき光景

志尾 睦子

映画のある風景

 第27回高崎映画祭の開幕が近づいている。東京へ映画を探しに出かけるのは日常的ではあれど、この時期は更に過密スケジュールで上京する事が多い。各配給会社や受賞者事務所へのご挨拶まわりがあるからだ。東京は魅力的な街ではあるけれどやはり空が違うなあといつも感じる。高崎の空、そして山並みを見ている方が私はやはり落ち着く。空は広いが空虚を感じることもなく、その程よさは四方を囲む山並みのおかげだろうか。街の歴史を含む空気感だろうか。いずれにしても、それというのは個人的な感情論だけでもないようだ。

 人間の深層心理に迫るサスペンスフルな物語展開の場合は狭い空が似合う。解放された心情を描き込むには、どこまでも広がる大地、広々とした空がその感覚に一役かってくれる気もする。ロケーションというのは、画作りと物語展開に多大なる影響を与える物だ。観客はただそれを受け取り感じるだけだから、製作者側がそのもの言わぬ存在感に、どれだけ気がつけるか、どれだけこだわれるかで、映画のインパクトは大きく左右されるのである。

 さて、今年の映画祭では高崎フィルムコミッション(FC)10周年記念企画として8本のFC支援作品を上映する。そのどれもが見知った場所が出てくる面白さがあるのだが、『赤い季節』だけはちょっと違った目線で選出している。この映画で使われている高崎は数シーン。どことわかるようなサインがないのだけれど、ここでしか感じられない光景が確かに映画に存在する。撮影場所は牛伏山自然公園。

 殺し屋家業から足を洗い静かに暮らしたい青年と、彼を組織に縛り付けておきたい男たちとの暗雲立ちこめる物語。歪んだ世界を描き込む中で、物語の転換を決める重要な場面として選ばれたのが、関東平野を一望できる牛伏山からのロケーション。朝日を撮るということで役者陣は夜中に高崎入りし、早朝から、撮り直しのきかない一発撮り。さぞや緊張しただろうし、スタッフも気合いが入っていたに違いないが、このシーンを撮るためだけに高崎をロケ地に選んだ製作陣に心から拍手を送りたい。

 ロケ地としてはたったのワンシーン。されどこれは確かに圧巻だった。人物の心情とリンクする、これぞ映画だと思えた素晴らしき光景。景色が美しいとか、絵になるとか、それだけではないものが画面に映り込むから映画は面白いのだろう。大スクリーンでこそ観て感じていただきたい映画のある風景がまた一つ生まれていた。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。