高崎のおもてなし 8

生粋魂伝わる「きのえね」おかみのおもてなし

志尾 睦子

 高崎駅近くの名店「きのえね」は、10月20日に創業90周年を迎えました。創業年の干支にちなんだ店名が、6度目の節目を力強く伝えます。中に入ると、「いらっしゃいませー」と通る声で迎えてくれるのが、4代目店主の恵子さん。厨房にこもり、そば打ちをするのが妹の弘恵さん。お2人は常にせわしなく動き回っている印象ですが、そんな娘さんたちとは反対に、マイペースにお客様を迎えてくれるのが、母親のとし江さん。今は娘さんたちに任せているので何も言わないそうで、「愛想が悪いって言われちゃうんですよ。そりゃあいきなり笑顔なんか振りまけないですよねえ」とあっけらかんと答えてくれるこのおかあさんこそ、この店の要・生粋の「きのえね」おかみです。
 創業は大正13年。島方丑松さんに始まります。当時、「きのえね」は連雀町交差点の所にお店を構えていました。すき焼きや牛鍋が主の料理屋で、戦後にうどん・そばを出すようになったそうです。街の一等地にある料理屋の次女として生まれたとし江さんは、家業を当たり前に受け入れ、「外で働こうとか、家を出て行くとか思った事がない」とのこと。年頃になると店に立ち看板娘となります。自他ともに認めるハイカラなお嬢様は、映画からファッションを学び、性格も快活、不遜なお客様には啖呵を切る事もあったそう。
 そんなとし江さんが生涯の伴侶に選んだのは、お隣にあった映画館の映写技師・広治さん。職人気質の広治さんは映写技師からそば職人となり、結婚を機にうどん・そば専門の「きのえね」分店を出しました。昭和32年当時の旭町はまだ道も開けておらず、ここではうまくいかないと言われたそうですが、「絶対に駅前でなければ駄目」と、とし江さんは周囲の意見を撥ね退けたそうです。まもなく連雀町本店が店をたたみ、旭町の広治さんが3代目となりました。
 出店地の決定もこれまでも、「きのえね」の看板を守り抜くためにさぞやご苦労があったのではと問うと「苦労を感じた事がない」ときっぱり。「お店にたてない定休日がつまらない」とし江さんにとっては、全ての進みがただ「当たり前」。「だから私、人生楽しいんですよ」と破顔します。
 気負いのなさは肝の座り。自分に正直に生きる事が正直な商売を生むと、そのDNAが言っているのだろうと納得しました。
 華奢で可憐な風貌ながら、この生粋魂は自然と人に伝わります。そんなとし江さんの存在そのものが、高崎が誇る人となりのおもてなし。

●そば処「きのえね」
所在地:高崎市旭町37
電 話:027-322-5806
写真:島方 とし江さん

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。