私のブックレビュー5

『悲しみの底で猫が教えてくれた大切なこと』

志尾睦子

瀧森 古都著
SBクリエイティブ

連続ドラマを見ているよう

 リズム感のある少し長いタイトルに惹かれ、思わず手に取った一冊です。犬が忠誠心を連想させるなら、猫は自由気ままさを連れてきます。ごりごりに固まった現代人の心を癒す猫の存在を描いたのだろうかと思っていたところ、少し違いました。

 田舎町のパチンコ店がこのお話の舞台です。福島の実家を飛び出し、ここに流れ着いて3年になるパチンコ店の従業員五郎を主人公に、周辺の人たちの人生模様が綴られます。捨て犬や猫の保護をしている常連客の弓子、五郎を慕う便利屋の広夢、町一番の金持ちと言われている不動産屋の門倉など、彼らのエピソード集のような構成で、物語は進んでいきます。

 誰にも人から見える顔と自分の内なる顔がありますが、登場人物たちは皆、深い悲しみを抱えながら、笑顔だったり、飄々としていたり、憮然としていたりします。それぞれが生きるために身につけてきた術なわけですが、彼らの人となりを知るうちに、遡及的にいくつかのパーツが組合わさって、今度は横たわっていた物語がもうひとつ顏を出してきます。

 一章ごとに一つの出来事が完結するのですが、その後ろに大きな物語が隠れているという構成。そして、人物描写や状況設定がコンパクトにまとめられていてわかりやすく、柔らかな文章表現が安定したテンポを作り出すので、小説を読むというよりはドラマを見ているような感覚に陥りました。

 登場人物たちの傍らにはいつも猫がいます。猫たちは人間のように言葉を話すことはないけれど、自然と心に寄り添ってくれるそんな存在として描かれます。ただそこにいることを意識するだけで、人間たちがふと我に返れる、そんな位置付けです。猫が自分たちの定点観測地点という感じでしょうか。五郎を始め、登場人物皆が一筋縄でいかない何やら深い人生を背負っています。複雑でやっかいな心情を描きこんで行くと、苦しい物語になってしまいますが、猫をクッションに置くことでそれは、程よく中和されます。ある一定の距離感を持って自分を見つめ、人と接すること。これが実はとても大切で、それを猫たちの存在で浮き上がらせているのだろうと感じました。

 物語のテーマは、心の絆と温もり。猫と人間の、物言わない絆のあり方をモチーフに、さまざまな絆や愛を提示し、体温の大切さを伝えてくれます。スルスルと読みやすく、読後感も軽いので、心を温めたい気分の時ににオススメの一作です。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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