私のブックレビュー6

『怪獣の夏 はるかな星へ』

志尾睦子

小路 幸也著
筑摩書房

時代が生み出した怪獣とヒーロー
楽しむだけでは終わらない面白み

 いつからか定かではありませんが、どうも怪獣という言葉に私は弱いようです。弱いというのは言い換えると惹かれる、ということなのですが、この本もタイトルで即買いをしてしまいました。
 怪獣と聞いて思い浮かべるのはやはりゴジラの風貌。映画の影響も多分にありますが、いかつく不穏な空気をまとう感じは人間社会のアンチテーゼを感じます。怪獣はどんな場面であれ、意志をもってこの世に生み出された産物であろうと思えてしまい、その動向が気になるという所でしょうか。
 この物語はこんな出だしで始まります。

 「怪獣の夏」ノート1
 あの出来事。いや、出来事などと言わずに、〈戦い〉としたほうがふさわしいのか。
 そうだ、確かにそうだ。
 紛れもなく、あの子たちは〈彼〉の力を借りたとはいえ怪獣と戦い勝利した。そして〈彼〉はその代償としてこの地球から去らなければならなかった。子供たちの胸に、心の奥底に、確かな力とはるかな希望の光を与えて。

 ノートを記しているのは地方都市・糸価町で暮らす写真館の店主キリシマです。糸価町は製紙工場や鉄工場が立ち並ぶ、日本でも有数の工業地帯として出てきます。戦後日本の高度経済成長を支えた町で、同時にそのツケと言われる公害問題に揺れてもいました。

 ある年の夏、怪獣が町に現れます。最初にそれを見つけたのは子どもたちで、後に彼らは怪獣と戦う事になるのですが、一部始終を見ていた大人はキリシマだけです。彼は「あの時代の確かな証しとして」ノートを書き残します。あの時代とは1970年で、安保闘争があり、一方では万博で国中が活気づき、世界ではアポロ13号が打ち上げられた戦後を語る上でキーポイントとなる時代です。

 明るい未来を目指した物質的に豊かな社会は、その一方で影を生み出します。それが怪獣です。怪獣は世界を崩壊させてしまうから、それを倒し社会を立て直さなければならない。それがヒーローの役割であり、それを担うのは未来を切り開く子どもたちに他なりません。

 物語は次元も時代も超越するSFの局面を見せますが、さもありそうな現実味を帯びた話に思えて来るから面白いのです。本作は、キリシマが記録するノートと、子どもたちの代表格・壇七朗の視点から語られる物語とが交互に展開して行くのですが、客観的に物事を分析する大人視点と、主観で事物を捉えていく子ども視点がある事で、読者が現実と物語世界を自由に行き来出来るという感じでしょうか。

 あり得ない世界を傍観して楽しむだけでは終わらない面白みに充ち、充足感を得られた一冊でした。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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