ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.49

秒速5センチメートル

志尾 睦子

2007
監督:新海誠
声の出演:水橋研二/他

肩の力を抜きたい時にあえて切なくなってみる

 今年も桜の開花は例年より早く、卒業式のあたりでふくらみ始めた蕾は入社式時期に満開を迎え、入学式の頃にはふわりふわりと舞い踊っていました。春爛漫、新しい一歩を踏み出す季節は、どんな環境にいても背中を押される気分になりますね。新しい環境では、右往左往することも多く辛い時もありますが、周囲の力も借りながら進んでいけばきっと良き糧になるものです。一方で、力が入り過ぎて一人きりで頑張ってしまうとあらぬ方向へ嵌まり込んで周囲に悪影響を与えてしまうこともあるから要注意。そんな時こそ、全く違うベクトルで初心を思い出し、肩の力を抜きたいものです。

 さて今回は、そんな初々しい気分を思い起こさせてくれ、尚且つ桜が印象的な作品をご紹介します。ヒットメーカー新海誠監督の初期の名作『秒速5センチメートル』です。ちなみにこのタイトルは作中でも触れられますが、桜の散る速度なのだそうです。この速度に込められた深い物語が幕を開けます。

この物語は、小学生の貴樹が成長し大人になる十数年を三話構成で綴っています。初恋を意識する卒業式、離れ離れになっても誰かに会いたいと強く願う経験、そしてそれを実行しようとする勇気と冒険が第一話「桜花抄」で描かれます。リアルな情景描写が公開当時も大変話題になりましたが、温度を感じる映像と少年少女の素直な心情の吐露に、誰もが経験したことのある懐かしさが込み上げます。

そして成長した貴樹は親の転勤で種子島へ、そこで高校生になります。第二話「コスモナウト」は貴樹に恋心を寄せる地元っ子・花苗の視点から貴樹を見つめます。何気ない言葉や環境描写に、大人たちの事情や時代の雰囲気を察しながら手探りで自分の道を探す若者像が浮かび上がります。いつの時代でも若者は時代のレーダーなんだと思わされます。

 多感な十代を過ごし時代に飲み込まれ大人になった貴樹の〈いま〉を描くのが第三話「秒速5センチメートル」です。貴樹は東京で社会人になりました。大学生から社会人になるまでの数年間をどう過ごしたかは、〈いま〉の彼から推測できます。とにかく暮らしに疲れ果て、仕事も、恋人との時間も何もかもがうまくいかない。閉塞した社会に取り残された若者の生きにくさが胸に迫ります。ふと思い出すかつての恋心。明里は、今どこで何をしているのか…。

 共感するところもあれば、他人の感情に気づく場面も多いはず。ぜひ世代の違う人たちと一緒に観ていただきたい一作です。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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