志尾睦子の映画づくし13

AIR /エア

志尾 睦子

監督:ベン・アフレック   
出演:マット・デイモン/ベン・アフレック

夢を掴むには
行動を起こすしかない

 昨年に引き続き今年も気候が安定せず、3月下旬に平野部でも雪が降りました。三寒四温はどこへやらで、4月に入っても冬物のコートを着ている方を多くお見かけしました。私はというと、気分優先なところがあるので早々に冬物は片付けてしまい、寒い寒いと薄手の上着を重ねてなんとか過ごしていました。
 寒かろうとも春は春、新年度を迎え新たなスタートが切られました。心も足元も軽快に、意欲的に今年度を走り抜けたいと思っています。ということで。今日は軽快な足元を支えてくれる靴のお話をお届けしたいと思います。

 世界的大シューズブランド・ナイキの不動の人気シリーズであり、各国で社会現象を巻き起こしたエアジョーダンの知られざる誕生秘話が今回ご紹介する作品です。
 1984年、ナイキの社員ソニー・ヴァッカロは、業績不振に喘ぐバスケットボールシューズ部門の立て直しを命じられ、頭を抱えていました。ナイキはすでに大企業にはなっていますがジョギング部門でのシェアは順調なものの、バスケット部門は瀕死の状態とも言えるものでした。アメリカではバスケ部門を握らないと業界トップには躍り出られません。方法としてはただ一つ、大衆に人気のあるバスケットボール選手と専属契約をかわすこと。トップスターは契約金が高く全く手が出ないため、上層部から与えられた条件は25万ドルで3人を獲得することでした。他社と比べても少ない予算の中、ソニーがこれからのナイキを託したいと目をつけた選手はマイケル・ジョーダンでした。当時のジョーダンはまだ新人選手でNBAへの出場経験もなく、更には他社ブランドのファンでした。それでも、ソニーは、過去の試合も全て見直し、マイケル・ジョーダンこそ懸ける価値がある選手だと関係者全員を説得しにかかります。契約は3人ではなくただ1人・ジョーダンのみに25万ドル。ソニーは自分の仕事、そして人生をマイケル・ジョーダンに賭けるのです。

 ナイキ以外なら考えてもいいと言っていたほどのマイケル・ジョーダン。彼は、なぜ心を動かしたのか。ナイキと手を取り合った後の大活躍と、エアジョーダンモデルの世界的な大ヒットはすでに知られた事実ですが、そこまでの道のりがこんなにもドラマチックで、1人の社員による熱意の結晶だったのかと思うと、驚きます。会社立て直しの物語であると同時に、選手としての誇りを守り抜く家族の物語でもありました。
 行動を起こすこと。その真髄を描き切った一作です。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

高崎の都市力 最新記事

  • 株式会社環境浄化研究所
  • シネマテークたかさき
  • ラジオ高崎
  • 高崎市
  • 広告掲載募集中