144.橋の風景から30

―鎌倉橋―

吉永哲郎

 例幣使とは「例幣」(朝廷より毎年の例として神に捧げる幣帛<ぬさ>)を捧げるために遣わされる勅使のことで、本来は伊勢例幣使のみでしたが、近世になって東照宮の権威と威厳を与える意味を持つ日光例幣使ができました。勅使は毎年4月1日午前4時に京都を発ち、中山道(木曽路・和田峠・軽井沢・碓氷峠)を経て倉賀野宿へ。そこから中山道と分かれて(分岐点が倉賀野の閻魔堂)日光例幣使街道を東照宮まで。その街道を群馬の森へ向かって行くと、ゆるやかな台新田町の清水坂に。街道は綿貫町南の信号機で県道を渡り、真っ直ぐの細い道は原研敷地につき当たり途絶えますが、敷地をまわるようにできた国道354が現在の日光例幣使街道の道筋になります。さて、往時の例幣使が鎌倉橋を渡り、右岸のゆるやかな鎌倉橋をのぼります。土地のお年寄りによると、源頼朝が東征の折、この辺りで病に倒れ、「ここを鎌倉になぞらえた土地にせよ。さすれば病は癒える」との夢のお告げをうけ、起きて見渡すと、烏川と井野川の合流点の八幡原が鎌倉と同様の地形だと分かり、若松八幡を勧請し、こうした緑で鎌倉の名をこの辺りで見かけるのだと話してくれました。八幡原一帯は昔の面影は少なくなりましたが、鎌倉橋親水公園や鎌倉公園が、往時を偲ぶよすがとなります。井野川の流れは絶えずして…。です。

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