154.橋の風景から40

―城見橋―

吉永哲郎

 NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」が始まりました。この直虎が養子にして育てたのが井伊直政(真田幸村と同時代の人)。直政は徳川四天王の一人として家康の天下統一を支え、関ヶ原の戦いで活躍、また徳川の敵側になった真田政幸、幸村父子助命に奔走した知将としても知られています。
 箕輪築城は、北条早雲独立後、長尾景長は叛いて北条顕実の鉢形城を攻め、顕実を古河へ遁走させた永正9年(1512)か、上杉憲政が関東管領になった翌年の大永6年(1526)ともいわれます。築城者は長野業尚。戦国時代には長野氏を中心に北条・武田・上杉・織田などの勢力争いの渦中に箕輪城は存在していました。天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原征伐の際、箕輪城は開城。家康が関東入府と同時に、井伊直政が関東東国のかなめとして12万石箕輪城主として入城。高崎城に移るまで直政が最後の箕輪城主。
 城見橋の名は、群バス榛名山箕郷路線、「箕郷ふれあい公園」のバス停標識にあり、榛名白川に架かる橋です。箕輪城を見上げる橋という意味をもっていることは、橋上に立つと分かります。箕輪城は榛名山麓の低い尾根の裾部に位置する平山城。橋上に立つと、城の西の断崖の上にそびえる往時の城の姿が白川の瀬音とともに見え、その瀬音には合戦場の兵(つわもの)の雄叫びが、響き渡るような思いがします。

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