山ノ上西古墳現地説明会

(2026年03月4日)


高崎市は、山上碑・山上古墳の西方300mに位置する山ノ上西古墳の発掘調査を行っており、令和7年度の調査速報報告会を3月1日に現地で行った。現地は急傾斜の狭隘地であるため見学会は事前予約で行われた。

 

山ノ上西古墳は山上古墳と同様に丘陵の南斜面に築造された円墳で直径は約10。この二つの古墳は、当時、飛鳥で流行していた「北に山、南に川を配置」する風水の影響がみられると指摘されている。

1959(昭和34)年に群馬大学が発掘調査しており、この時の調査で南に開口する横穴式石室(全長約6・3m)や祭祀空間とされる前庭も明らかになっている。

今年度は墳丘に植生していた樹木を伐採し、古墳の保全をはかるとともに石室の羨道や前庭を調査した。

 

 

石室は凝灰岩を丁寧に加工して積み上げた「載石切組積(きりいしきりくみづみ)」の技法が用いられている。石室の入口となる羨門には群馬大学が調査した東側の羨門石(幅50cm・高さ約1m)が現存しており、今回の調査では、群馬大学が調査していない西側の羨門で羨門石の基底部が発見された。東側の羨門石と同様の大きさであったと推測される。

羨道では丁寧に加工された凝灰岩の壁材が確認され、当時の加工技術の高さを示している。

前庭部では群馬大学が発掘していないエリアも含め川原石により、石垣が構築されていたことが確認された。

 

石室の規模や構造から、山ノ上西古墳の築造年代は7世紀後半と想定され、7世紀中頃の山上碑古墳との密接な関係が指摘されている。

高崎市では今後古墳の範囲などを調査していく計画。

 

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