幕末の悲史を伝える姉妹観音を移設

(2026年05月18日)

姉妹観音の前で村上館長、市川理事長、富岡市長、高崎観光協会・安藤震太郎理事長

小栗上野介顕彰会

一般社団法人小栗上野介顕彰会は、小栗上野介忠順公の家臣・塚本真彦(まひこ)の一族が新政府軍の危険から逃れる際の悲話を伝える姉妹観音を相間川上流の岩場から倉渕せせらぎ公園の一角に移設し、5月18日に報道機関に向けた現地説明会を行った。

 

塚本真彦の夫人と母親は幼い3人の姉妹と長男を連れて村を出て、追手を避けるため二手に分かれた。母親は長女を連れ、夫人は妹2人と長男の3人を連れてそれぞれ逃げたが母親と長女は地蔵峠で自害、夫人は子ども3人を連れては逃げ切れないと思い、娘2人を相間川に沈め、家督を継ぐ長男だけを連れて逃げのびたという。

 

小栗上野介資料館の村上泰賢館長は、この塚本一家にまつわる史話が後の研究者によって調査され、1993(平成5)年に小栗上野介顕彰会が慰霊の姉妹観音を相間川上流の岩場に建立した経緯を説明した。

建立した場所が渓谷の奥深い岩場で、現地までの山道が荒れて通行止めになったことから、顕彰会では多くの人にこの悲話を語り継ぎ、お参りをしてほしいと考え、倉渕せせらぎ公園に移設したという。

 

小栗上野介顕彰会の市川平治理事長は「姉妹観音が建てられていた上流の岩場が危険な状態になり、もっと近場のお参りができる場所に移したいと考えていました。多くの人に御参りしていただき、歴史に隠れた悲劇を知ってほしいです」と移設を喜んだ。

富岡賢治市長は「倉渕の皆さんがこの悲劇を自分のことのように思い、観音を建てたことが貴重で、これを機に、市内外の多くの人に知ってほしいと思います」とあいさつした。

 

 

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