高崎の新たな観光戦略

 富岡製糸場の世界遺産登録、北陸新幹線金沢延伸、2020年の東京オリンピック開催を、高崎の集客交流人口や観光客の増加につなげていくために、「高崎新観光戦略懇談会(座長・原浩一郎当所会頭)」が6月9日に高崎の新しい観光戦略についての議論をまとめ富岡市長に提言した。
 この提言書では、商都として発展してきた高崎の業務機能の集積や都市力、内陸有数の交通拠点性を踏まえ、高崎の歴史、文化、自然、食文化などの観光資源を再発見するとともに、新たな魅力づくりに取組んでいく方向性が示された。本特集では、この提言書の内容を基に、高崎の観光戦略について考えていく。

「商工たかさき」 2014/6号より

千客万来の都市づくり 高崎を上信越観光の玄関口に

●本音で議論し本気で実現する高崎の新たな観光戦略

 高崎の観光を磨き上げて魅力を高め、国内外から更に人々が集まる都市にしようと、大きな流れが生まれている。高崎は今、全国を視野に入れた観光拠点としてPRできる絶好のチャンスを迎えている。
 高崎は古代東国文化発祥の地と言われ、多胡碑に代表される上野三碑や観音山をはじめとした歴史遺産の数々がある。また榛名山や倉渕に象徴される豊かな自然環境、白衣大観音・少林山達磨寺・榛名神社などの神社仏閣、榛名山麓の果樹やパスタやモツなどの特色ある食文化、豊富な観光資源がある。さらに北関東最大の商業集積や群馬交響楽団の演奏会なども高崎の観光を考える上で重要な分野になっている。
 しかし、観光地として全国と競える力が十分でないのは事実で、現状をきちんと把握しなければ対策を立てることはできない。

●かつてないチャンスが高崎に 観光新戦略の背景

 これまでも本誌で報じてきたが北関東自動車道全線開通、高崎玉村スマートインターチェンジのオープン、2015年春の北陸新幹線の金沢延伸、JR高崎線が東京駅に乗り入れ、高崎の交通拠点性は更に高まる。
 高崎駅西口には国際大会にも対応できる新体育館や年間1,000万人の集客を見込んだ都心型「イオン」の建設がまもなく始まる。高崎駅東口には日本有数の芸術・文化ホールを中心とした都市集客施設が建設され、高崎都心部の風景を一変させる数々の大規模プロジェクトが完成する。高崎競馬場跡地の群馬県のコンベンション施設、高崎玉村スマートIC周辺には産業団地と食をテーマとした広域交流施設の計画も進められ、高崎には益々多くの人が集まることになるだろう。
 このように高崎が大きく変わる時、富岡製糸場の世界遺産登録、2020年の東京オリンピック開催が重なり、高崎の都市集客や観光にとって大きなチャンスが訪れる。


高崎市の観光に足りないもの

●「市民向け」から全国を見据えたイベントや施設に

 観音山や榛名湖など、かつては大勢の観光客が訪れた観光スポットの集客力は残念ながら減少傾向にある。また、高崎まつりなど集客力のある大規模なイベントは、市民参加型の行事としての位置づけが根底にあり、全国に発信する広域的な集客事業としては十分とは言えない。高崎市内の観光・文化施設(美術館等・ホール・体育施設・公園)も、現状では、市民に対するサービス、生涯学習施設として位置づけられ、全国からのビジターを受け入れる観光・文化施設としての機能や受入れ体制が整備されていない。
 関東屈指のパワースポット榛名神社、榛名湖イルミネーション、きつねの嫁入りや箕輪城まつり、鎌倉街道武者行列なども注目を集め、新しい観光資源として魅力的な要素を備えているが、今後さらに市外に向けた広報普及に努め、全国から観光客を呼び込むことのできる観光地やイベントにしていく努力が求められている。

●高崎を上信越・北関東の広域観光のハブに

 観光資産を有効に活かす公共交通は大きな課題だ。富岡製糸場と合わせ、上野三碑を公共交通(上信電鉄等)で回遊するのは、現状ではかなり大変な行程となる。鼻高展望花の丘では、富岡製糸場と組み合わせた観光需要が多くなっている。富岡市と鼻高展望花の丘をつなぐルートなど道路の狭い場所もあり、道路網の整備も必要となっている。
 富岡製糸場が脚光を浴び、外国人観光客の増加に期待する一方で、高崎駅で新幹線を降りた外国人が、一人で上信電鉄に乗り換えることは、現状では難しいと言えるだろう。階段下の上信高崎駅(0番線)への入り口もわかりやすいとは言えない。
 高崎駅東口の高速バスターミナルも高崎市の計画として描かれているが、高崎玉村スマートICも既にオープンしているので早期実現が望まれる。
 高崎市内のあるホテル支配人の談話では、高崎と宇都宮の最も大きな違いは、団体旅行と外国人の客数で、高崎は圧倒的に少ないという。
 日本有数の交通拠点都市でありながら、高崎市内はもとより県内観光地へのアクセス網が整備されていない現状があり、高崎が上信越・北関東観光の中心都市=ハブとして機能するような2次交通、高崎を起点とした観光地へのアクセスの整備が課題だ。観光需要だけでなく生活利便性や物流面からも広域交通ネットワークを構築する必要性は大きい。

●高崎のブランド力の強化と創出

 「高崎」のイメージを全国の人に持ってもらえるような都市ブランドにしていくことが必要だ。
 「高崎の土産は?」「高崎の名所は?」と問われると、答えに困るという市民は少なくない。観光における食文化は重要であり、これまでJAや飲食店組合などによって高崎の名物料理が開発されてきたが、まだまだ普及していない現状もある。
 今、若者には榛名神社、榛名湖を中心とした榛名観光が人気だ。また東国文化発祥の地を象徴する地名として「多胡」もある。高崎と聞くと伝説のロックバンド「BOOWY(ボウイ)」の生誕地という世代もあり、全国に根強いファンがいる。残念ながら彼らの足跡を象徴する場所はない。
 全国的に有名な「だるま」、「白衣大観音」「榛名山」「群響」「山田かまち」「高崎ハム」「パスタの街」「ヤマダ電機」「ガトーフェスタハラダ」なども、高崎と結びつけたブランドとしてPRしたい。東京丸の内で行われた「高崎ビジネス誘致キャンペーン」や、金沢市で行われた食のイベント「FOODEX」では、高崎だるまが人気で、高崎イコールだるまのイメージが浸透していることがうかがえた。

●観光宣伝から都市の魅力を発信するシティセールスに

 高崎市は平成の大合併で市域が広くなり、多彩な観光資源が増えた。しかし観光宣伝は、同じ高崎市であっても、観光スポットやイベント主催者がそれぞれ個別に行っているため、費用や手法が限られ、効果も弱いのではないか。
 高崎は「宣伝が下手」と指摘されるが、下手なのではなく、これまでPRに十分に投資をしてこなかったことも一因と考えられる。報道機関へのパブリシティだけでなく宣伝そのものを観光事業としてとらえ、効果的な手法で取り組めば、伝えたいエリア、伝えたい相手に情報が届く。高崎市内にポスターを貼りチラシを置いても、首都圏に情報は届かない。観光地や物産だけでなく、上信越と首都圏を結ぶ中心都市として高崎そのものをシティセールスしていくことも必要だ。

●高崎の都市として個性や特性を活かす

 高崎の県外宿泊者は年間約60万人で伊香保温泉に匹敵するが、その多くがビジネス客だ。その点では高崎は観光都市と言うよりも業務都市、ビジネスの街と言える。上信越、北陸と首都圏を結ぶビジネスの「ハブ」としての機能を強め、ビジネスによる交流人口を高崎の観光に結びつけていくこと、ビジネスの街としての観光の視点が重要だ。
 仕事のついでにちょっと数時間だけ観光したい人たちの受け皿はあるだろうか。また高崎駅周辺には居酒屋が増え、夜にはスーツ姿の客でにぎわいを見せている。大人に楽しんでもらう機能も、都市観光のひとつと言える。あるコンベンションビューローの調査では、会議の後のオプション観光よりも飲食や2次会を重視しているという報告もある。カタイことばかりではおもしろくない。

●観光都市、集客交流都市としての自覚が必要

 平成24年度市民アンケートで、高崎の特徴として「交通網の発達」を挙げる回答が65%で最も多いが、「多くの観光客が訪れる観光のまち」を挙げた回答は11%しかなく、選択肢32項目の最下位となっている。
 高崎の都市としての魅力に加え、高崎を訪れた観光客への市民の心や対応も、高崎を判断する大きな指標となる。高崎に行ってみたい、来てよかった、また行きたいと思えるようなおもてなしを市民一人ひとりが心がけるべきだろう。
 高崎に多くの人々が訪れることで、高崎の街が成立していることを改めて自覚し、高崎を観光都市として市民自身が認識する必要がある。高崎は人情に厚い土地であるという自負を持っているが、この気持ちを観光に活かしていくことが大切だ。


高崎の新しい観光をつくる具体策

 高崎の観光課題を考えると取り組むことは山ほどあり、すぐに着手すべきことも少なくない。人材や費用などを効果的に投入し、取り組みを中長期的に継続することが重要となる。

●高崎の魅力を全国に発信する

 群馬県の玄関・上信越の要の都市である高崎の立地と魅力を全国に伝えるため、全国主要都市で開催されるイベントへ高崎ブースを積極的に出展する。
 旅行代理店への売り込みを強化し、高崎の観光地をルートに加えてもらう。企業の社員旅行や団体旅行などのコースづくりは、旅行代理店が提案していることが多い。旅行代理店は高崎観光の重要なターゲットだ。高崎の評判が良ければ次の旅行企画にも使われ、観光客の思い出に残ればリピーターとして個人旅行でも来てもらえるので、効果が積み重なる。

●お客様を呼ぶには情報発信が必要

 高崎は、全国の都市の中でもイベントの開催数が多く、観光客を十分に楽しませることができる。群馬県下最大のお祭りである高崎まつりや各地域の伝統行事、群馬交響楽団、高崎映画祭、高崎音楽祭、榛名山ヒルクライム、高崎バルなど、県外での知名度を上げるには、県外に向けた情報発信を強化する必要がある。放送、新聞などメディアでの露出度を高め広告を行っていく。
 成田・羽田などの空港、東京駅などでのポスター掲示や、主要都市でのキャンペーンを展開する。プロオーケストラ群馬交響楽団を持つ都市の文化力、映画祭や音楽祭、マーチングフェスティバルを開催する市民力など、活気にあふれ、美しく文化的な高崎をPRする。かつて東京駅で群馬交響楽団が行っていた「駅コン」などは効果的なプレゼンテーションと言える。
 海外観光客の誘致では、まずアジア圏に向けて観光情報を積極的に発信する。ビジネス、旅行事業者、コンベンションなどの対象者別にニーズを把握し、その目的に合った高崎の情報が提供できるよう、ウェブサイトを再構築する。
 広告は、目にする回数が多いほど印象に残る。知られることが重要だ。

●新しい観光資源の開発と再発見

 美しい景観は、貴重な観光資源だ。地域や商店街などが一体となって、高崎らしい情感を伝える街並みを保全・再生する取り組みや、烏川、鏑川、榛名湖の水辺観光も高崎の魅力をつくりだす。
 高崎の特徴を活かした観光として、音楽、映画、パスタなど高崎の文化や特徴をアピールし、特色あるイベントや産業を活かしたテーマ観光も、ファン向けに有効だ。対象者は限られるが、鉄道、古代史、戦国城など、狭く深く「ディープな高崎」が見つかるマニアックな情報ほど喜ばれる。連番付きの「機関車だるま」が爆発的にヒットしたように限定物にもマニアの心は動く。
 体験型観光は人気があるので、年間を通じて営業できる体験型観光施設を増やし、季節ごとの体験メニューを開発する。高崎ブランドの農畜産物を活用し、国府白菜、倉渕はんでえ米、榛名フルーツ、箕郷梅など地域を前面に打ち出していくのも有効な手法となる。
 草津、水上、伊香保、軽井沢、富岡製糸場など県内・近県観光地と連携し、外国人誘客も含めた広域観光ルートを開発する。高崎単独で観光客を囲い込むのでなく、富岡製糸場―高崎―温泉地などの組み合わせで旅の魅力を高めてもらう。

●訪れた人々の受入体制の整備

 高崎を訪れた人に親切で分かりやすい観光案内板や道路案内標識を設置し、できれば外国語表記も加えたい。
 高崎駅はもとより、市内の主な観光場所に外国人観光客の案内や臨時観光案内所の開設、観光案内システムの設置など、情報機能の充実が求められる。外国人観光客の要望に対応できるガイドスタッフの配置や、気軽に利用できるインターネット環境が必要だ。
 地理に不案内な観光客が気軽に市内を周遊できるよう、高崎駅を発着地に、おすすめ観光スポットを費用と所要時間で選べるような交通手段や、博物館、美術館などの共通パスポート入場券なども、高崎を回遊し長時間滞在してもらうツールとなる。
 市民によるボランティアガイド、観光客が立ち寄る休憩場所の運営など、高崎らしい温かなおもてなしでリピーターを増やしていく。 外国人観光客に備え、民間の飲食店でも外国語メニューが必要になる。イスラム圏からの観光客を誘致するには、イスラム法に従ったハラールフードが不可欠となる。

●高崎の立地を活かしコンベンションの積極誘致を

 会議や大会などのコンベンションやスポーツ大会の誘致活動は観光の重要な柱だ。新体育館や文化芸術センター、県のコンベンション施設の建設は、高崎の集客力を高め、新たな都市観光資源としても重要な役割を担っていくことから、コンベンションやスポーツ大会を誘致する官民が一体となった組織づくりを検討し、誘致活動や人材育成に取り組む必要がある。団体、学会などの全国会議、国内外のインセンティブツアー(企業の招待旅行) は専門に扱う企画会社があり、担当者を高崎に招くなど、種まきとなる営業活動が重要だ。
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 富岡製糸場の世界遺産登録に水を差すわけではないが、国内地方都市の世界遺産登録の先例を見ると、ブームは数年で落ち着き、その後を視野に入れた持続的な観光戦略の必要性を関係者は強く認識している。
 必ずしも高崎を最終目的地としたり、高崎だけで完結させることにとらわれず、広域的な観光の中で、「高崎は絶対に外せないよね」と言われる役割をしっかりと担うことが重要だ。高崎市の外国語パンフレットを制作した外国人の一人は「洞窟観音や少林山はとても神秘的ですばらしい」と絶賛していた。観光を通じて、見過ごしていた高崎市の価値を再確認しなければならないだろう。


世界遺産登録や外国人誘致の動き

●高崎から電車で富岡製糸場へ 乗客増加で取り組みを強化する上信電鉄

 4月末に「富岡製糸場と絹産業遺産群」の世界遺産登録が確定的になったことで、富岡製糸場の見学客が増加し、ゴールデンウィークには、最高で一日8千人となった。富岡製糸場は、鉄道駅から最も近い世界遺産となり、私鉄沿線としては唯一だ。
 上信電鉄では上州富岡駅から歩いて10分の便利さをPRし、高崎からの乗車券と製糸場入場券をセットした特別切符の売れ行きが好調だ。「GWの乗車客は昨年の35%増。考えられない伸び率」と上信電鉄㈱の木内幸一専務は話す。ローカル私鉄の利用客が伸び悩む中、世界遺産登録は上信電鉄に大きなプラスだ。
 富岡製糸場周辺の駐車場不足が現地の課題となっている。高崎から上信電鉄を使えば、駐車場の心配もなく、ローカル電車を楽しむ魅力も加わり、高崎の重要な観光戦略となる。観光バスの見学ツアーにおいても高崎駅から電車の行程を加えることで旅の付加価値が高まることから、上信電鉄では旅行会社への営業に取り組んでいる。
 これから増加が見込まれる外国人観光客への対応などでは、高崎商科大学と連携し学生ボランティアの協力も計画している。同大との連携でレンタル自転車も、今年のGWから導入し沿線周遊をはかっている。
 上信電鉄は、「お客様のおもてなしに全力を尽くし、観光電鉄をめざしたい」と全社的に体制を強化していく。上信電鉄の名物電車「デキ」のイベントや多胡碑など上野三碑の誘客もはかっていきたい考えだ。高崎市内や県内観光地との連携も重要で、高崎市や関係団体と協力を深めていくという。


●外国人ビジターの誘致が本格化

 高崎市は、外国人観光客の増加をめざし、英語、中国語(簡体字版・繁体字版)と韓国語の観光パンフレットを作成した。市内の在住外国人に依頼し、外国人の視点で高崎の魅力を紹介している。外国人向けの高崎観光ホームページを開設しており、高崎市では、他の外国語でも観光パンフレットを制作していきたい考えだ。
 また、高崎市は、外国人観光客向けの情報を、高崎駅構内で表示する「デジタルサイネージ(電子看板)」の設置や、スマートフォンで閲覧できるシステムの構築を進めている。外国語パンフレットに携わったメンバーに意見を聞き、外国人旅行者が必要とする情報を盛り込んでいく。
 まちなかコミュニティサイクル「高チャリ」に外国語の案内を掲示するなど、外国人観光客が訪れやすい環境を整えており、高チャリを利用したまちなか観光を進めている。
 外国人観光客のモデルツアーとして、インド共和国を対象とした観光誘致に取り組んでいる。平成24年度は旅行会社や報道関係者、平成25年度は在住インド人60人を対象に観光ツアーを実施し、高崎だるまの絵付け体験など大好評だった。
 平成28年度に完成予定の高崎市新体育館の英語版パンフレットを制作し、国際大会の誘致や2020年東京オリンピックでの外国人選手団誘致をめざし、富岡賢治市長がトップセールスで各国大使館や国際競技団体を訪問している。

●集客交流産業の育成強化を

 観光に携わる産業は幅広い。観光地や飲食・娯楽、輸送、宿泊など、観光客に直接関わる業務だけではなく、広いすそ野を持ち、集客交流産業と呼ばれている。観光による都市の活性化は、波及効果が大きい。
 高崎市は、一通りの集客交流産業があるものの、情報、メディア、デザイン、印刷・出版などの分野が他都市に比べて弱く、十分な市場の創造や産業としての発展につながっていない。これは、観光にとどまらず、高崎市の産業がデザインで付加価値を高めたり、情報発信していく力が弱いことを示しており、集客交流産業やサービスの育成強化を図っていくことも課題である。