じわじわと通行量が増加「にぎわい回帰」

個店の魅力で吸引力が高まる


商店リニューアル・高チャリなど活性化施策の効果か
 平成26年第47回中心市街地通行量調査で、平成24年の前回調査に比べ、まちなかの歩行者通行量が1割程度増加していることが示された。そう言われてみると、まちなかの店も増えて以前よりも人通りがあり、歩行者の減少傾向から増加に転じる兆しを感じさせる。高崎駅西口前の高崎ビブレ閉店・解体工事で集客力が落ちたように考えられるが、実は、まちなか全体の力が高まっている様子がうかがえる。

「商工たかさき」 2015/6号より

個店の力がまちに人を呼ぶ

●前回調査よりも1割増加

 この通行量調査(高崎市中心市街地通行量動向調査)は、現在は隔年10月の第4日曜日を目安に、大きなまちなかイベントの開催日を避けて実施され、中心市街地42地点の歩行者・自転車数が午前10時から午後8時まで実測されている。
 今回は平成26年10月26日に行われ、延べ通行量は17万5、288人で、平成24年の前回調査15万8、440人に比べ1万6、848人(10・6%)増加した。
 前回調査日は雨天で通行量が少なかったと見られるが、前々回の平成22年調査の16万7、282人と比べても約8千人増加している。今回調査日はもてなし広場で「TSKキッズ広場」、前回調査日は「地球市民の日」、「国際交流の集い」、「人情市」が城址地区で行われていた。

●活性化施策で下げ止まりか

 中心市街地の通行量は減少傾向にある。特に今回は平成26年3月の高崎駅西口前の高崎ビブレ閉店・解体工事によるマイナス要因が目立ち、顕著なプラス要因は見当たらない。高崎駅周辺は集客の中心となっているので、まちなかの通行量の減少は避けられないと言える。その状況下で通行量が増加したことは、まちの魅力づくり、活性化に一定の成果があったものと考えられる。
 増加したと言っても、はっきりと人の流れが実感できるほどではないものの全般的に「下げ止まった」と見ることができそうだ。
 高崎市では、「まちなか商店リニューアル助成事業」や“高チャリ”、“高カフェ”など中心市街地に対する支援策、活性化策が効果を現し始めたものと考えている。
 高崎市によれば、平成26年度のリニューアル助成は全市で494件、中心市街地では飲食店・小売店を中心に140件の利用があり、改装後に「お客様が増えた」という声が多いという。昨年度も191件の利用があり、個店の力を伸ばすことが中心市街地全体の集客につながっている。また、“高チャリ”、“高崎おとまちプロジェクト”の路上ライブなども、まちなかの回遊性やにぎわいづくりに貢献していると言える。

●まちなかに広がる人の流れ

 イオンモール建設の為の工事が行われているビブレ跡地周辺を歩く人は減っているが、それでも高崎駅からまちなかに人が流れている様子がうかがえる。通行量はビブレ跡地周辺を除き、ほぼ全ての地点で平成24年の前回調査を上回る結果となった。平成22年の前々回の調査と比較しても多くの地点で通行量が増加している。
 通行量の増加が目立つのは、高崎駅コンコース、髙島屋周辺から大手前・慈光通り、連雀町から田町にかけた大通りで、通行量が落ち込んでいた慈光通りの持ち直しや、田町の屋台通り・絹市場のあたりまで回遊性が広がっていることが示された。

●若者パワーと魅力ある個店がまちなかを牽引

 増加率が特に顕著なのが大手前通りの乾小児科前で、前回の2、538人から4、838人に倍増した。連雀町交差点(いわゆる日興証券前)からスズラン高崎店に至る大手前通りの回復が目立っている。
 このエリアは、高崎駅とスズラン高崎店・城址地区をつなぐ動脈で、「エルフリオ」、「だるまだるま」、「アバハウス」、「福カフェ・Gru」、「room's」、「SLOW TIME」、「Cafeあすなろ」、「coco.izumi」といった個性的で魅力ある店舗、カフェがあり、各店の取り組みも積極的で、高い発信力を持っている。毎月、昼市が高崎経済大学の学生によって定期的に開催されている。高崎のまちなかを元気にしていこうという意欲にあふれた朝の時間を利用したミーティング「朝活」も行われ、同じ志を持った若者たちが集う拠点でもある。彼らは、高崎のまちの楽しさや新しいカフェ文化を創造して、まちなかに足を運んでくれる顧客の開拓に成功するとともに回遊性をも生み出している。
 この通りに人通りを取り戻したのは、個店の力の結集・若者の情熱の賜物といえるのではないだろうか。

●老舗店舗のふんばりが基盤に

 また、桜橋通りや大通りにも人通りが回復している。このエリアは、経歴の長い老舗の店が多く、顧客を離さずに着実な営業が継続されている。中心商店街の苦しい時代が続く中で、まちなかの活力源となり一定の通行量を保持した老舗店の功績は大きいと言える。また、新規飲食店・居酒屋の出店も加わりシャッターを降ろしているところは少なくなってきている。昭和の雰囲気を残して味わいを出す一方、新規出店や既存店の改装により、通りの雰囲気も変化している。
 高崎市のリニューアル補助金を活用して改装した店舗により、通りの景観も新鮮になるので改装の効果は広く波及する。来店する顧客にとどまらず、まちを歩く人にもイメージアップ効果が伝わっている。
 個店の力がまちに人を呼び寄せ、回遊性が回復しつつあることが、今回の通行量調査の結果からうかがえる。高崎市のリニューアル補助金を活用した商店主が「店を閉めようと思っていたが、補助金を使ってがんばってみようと思った」と話していたそうだが、まちに人を呼ぶのは、なによりも個店の力であることをこの調査結果は実感させた。店の魅力づくりや回遊性を後押しする役割として、リニューアル助成や高チャリがうまく機能することができたと言える。

広域集客機能は保たれていた

●消えた10万人はどこに行ったのか

 昭和40年代の藤五伊勢丹の全盛期、昭和43年の通行量調査で、連雀町交差点の金子園前は一日約2万8千人の人出があった。高崎駅コンコース西側が約3万5千人なので、高崎のまちなかには、現在の高崎駅に匹敵する人の流れがあった。
 通行量の推移(図1)を見ると、昭和59年(1984)の24万人から平成14年(2002)は半分以下の10万人に落ちている。約20年でまちなかから10万人超の人が消えたように見える。
 平成16年(2004)から調査地点が一新され、高崎駅コンコースと高崎駅東口方面も加わった。平成16年の調査はマーチングフェスティバルのパレードが行われた日に調査されたため、人の流れが特殊なので除外するが、その次の平成18年(2006)の調査では、高崎駅コンコース、東口と中心市街地の総通行量は20万人となった。この20万人の通行量は、30年前と余り変わらない。
 高崎のまちなかから10万人が消えたのではなく、平成16年以前は調査されていなかった高崎駅周辺に人が移動していただけで、高崎駅周辺がダムとなって堰き止め、高崎の集客力は保たれていたと言える。
 昭和30年代に通行量が多かったのは本町から中央銀座、昭和40年代は連雀町周辺、昭和50年代になると高崎駅周辺に大型店が連立、上越新幹線開業により高崎駅ビルがオープンし通行量の重心は時代とともに南へと移ってきた。

●高崎駅周辺からの回遊性に知恵と汗

 通行量の30年間の推移について、まちなかと高崎駅周辺を比較した。継続して調査されている地点が限られているので、東二条通り線(髙島屋西側・図2)とレンガ通り(井上病院西・図3)を選んだ。
 平成20年調査(2008)で、浮き彫りになったのが東二条通り線の拡幅の影響だった。それまで一方通行の路地だった東二条通りが4車線化され、この通りを境界に高崎駅側とまちなか側の増減がクローズアップされた。
 また、平成に入ってから市街地の区画整理、街路整備、電線地中化工事が一気に進められ、完成までに長期を要するため、商店街では客離れが心配された。工事の施工中は通行量の減少は避けられないが、整備された街区に人通りを取り戻すため、各商店街と高崎市は官民を挙げて知恵を絞り、汗を流してきた。
 平成20年の全国都市緑化ぐんまフェア高崎会場で、全国初となる“まちなか会場”を成功させたことを一つの契機に、まちなかを舞台とするまちづくりが果敢に進められてきた。「高崎音楽祭」や「光のページェント」、「高カフェ」、「高チャリ」、「高崎バル」、「商都博覧会」、「音まちプロジェクト」、「高アート」など数多くの事業に加え、商店街では「カブトムシイベント」、「まちなか成人式」、「七夕イベント」などが行われている。まちのおもしろさに着目し、通りを舞台にまちづくりを展開しているのが高崎の特色の一つだ。今回の調査で示された通行量の回復が本物であるならば、長く継続してきたまちなかでの努力がやっと実ってきたと言えるのではないだろうか。

展望 今後見込まれる通行量の増大

 高崎市が進めている新体育館と高崎文化芸術センターの建設、イオングループによる高崎駅西口の大型商業施設オープンにより、3年後、5年後の見通しではまちなかの通行量が増加するのは間違いないだろう。高崎市の交流人口は、年間約1、500万人増加すると見込まれている。一日平均で約4万人となり、まちなか全体への波及が大きな注目点となってくる。

●まちなかの人口増

 現在、高崎駅周辺やまちなかに5棟のマンションが建設中で、中央駐車場跡地の多世代住宅の再開発の計画などもあり市街地の人口増が見込まれている。まちなかにマンション建設を物色しているデベロッパーの動きもある。まちなか居住者の増加に伴い、通勤や通学、買い物需要による日常的な通行量が底上げされることになるだろう。
 働く世代が市街地に流入してくることによって、人口構成が若返り、子ども人口の増加など、都市の活力にもつながることになる。

●駅周辺と商店街の数字上の差は拡大。しかし

 現在の通行量を見ると高崎駅周辺が約6割以上を占める。新体育館と高崎文化芸術センター、高崎駅西口の大型商業施設により高崎駅周辺と駅から距離のある商店街との通行量の数字上の差は拡大することになるかもしれない。西口大型商業施設の来店客は、周辺駐車場を利用することになるので通行量は駅周辺のやや広い範囲に拡大することが見込まれている。
 今回の調査で示されたことは、魅力のあるお店、興味をひかれる通りには人が行く、人は歩くということだ。前回調査よりも増加した1割の通行者は“個店の力”、“まちの力”によって増やしたものなのだから中心商店街には大きな自信を持ってほしい。新たに生まれる交流人口のうち一定程度の人たちは、まちなかに魅力があれば歩いてくれ、各店に関心を寄せる見込み客の分母は非常に大きくなる。

●更に商店街と個店の魅力づくりを

 高崎の中心商店街は、高崎駅周辺の商業集積と城址地区を2つの商業核に商店街を回遊するモール構造として発展・推移してきた。この商業構造が高崎駅東口周辺まで伸び、今後大きく再編されることになるだろう。
 全国の中心市街地が活力低下や通行量の減少に苦しむ中、高崎は通行量がこれから増加することが明らかで、まちなかで魅力づくりが進みお客様に選ばれる取り組みが効果を上げていることは高崎の将来に対して大きな展望を開くものだ。
 おしゃれなカフェの集積など商店街や通りの個性化が進めば、まちなかの魅力は一層高まる。昭和の雰囲気を生かした中央銀座商店街の再生が大きな話題になったが、全国から注目されるこのプロジェクトの早期実現を望みたい。ターゲットを絞った戦略は今の時代に最もふさわしいものとなるだろう。お店や商店街が、高崎を訪れる人の目的地になる。通行量は、その積み重ねであり、高崎の魅力を表すバロメーターとなる。

高崎商店街連盟代表幹事 友光 勇一さん

◆危機感を共有して努力した成果

 心市街地の通行量がこれ以上落ちたら大変だと、取り組んできた努力が報われはじめたと思っています。いろいろな取組みを仕掛けていく努力は無駄ではなかった。高崎のまちづくりに共鳴し力になってくれる輪が広がっています。
 駅西口にイオンモールの大型商業施設の出店は、まちなかで危機感を共有しています。今回の結果を見ると、まちなかの回遊性に大きな可能性があることがわかりました。回遊と言っても目的地がなければ、人は歩いてくれませんから、高崎はおもしろいまちだと、外からの目で評価してもらい、検証しレベルアップしていくことが必要だと思います。取り組みの中で、自分たちがあらためて高崎の魅力に気付くことも多いものです。

元販売甲子園実行委員長 友光亮太さん

◆参加経大生が「自分たちのまち」

 えびす講市で開催される販売甲子園は今年で8回目となりました。高崎経済大学生の時に実行委員長としてこのイベントに携わりました。当日の運営本部は周辺の空き店舗を使ってきたのですが、毎年、利用していた空き店舗が埋まって場所を探すのに苦労しました。参加している高経大生は、高崎を「自分たちのまち」として一生懸命取り組んでいます。まちなかを歩いて高崎の歴史や魅力を勉強し、高崎に強い愛着を感じています。販売甲子園に参加した山間部の高校生は「高崎のまちはすごい」とにぎわいに驚いていますよ。

ハナハナストリート(東二条通り)代表 岡田恵子さん

◆もうひとふんばり! じわじわと高まる高崎の力。イオン集客を狙った出店動向も

 イオンモールの大型商業施設がいつオープンするのか、みんなが大きな関心を持っています。イオンモールのオープンを見込み、先行投資で、この通りに出店した店もあります。若い経営者はイオンのオープンをチャンスに、顧客獲得につなげようと大きな期待を寄せています。イオンへの危機感はもちろんありますが、“高チャリ”や“高カフェ”など富岡市長の「何でもやってみよう」という支援施策が、私たちの不安感を前向きに取り組む元気さに変えてくれています。
 ハナハナストリートでもお店が入れ替わっていますが、空き店舗にすぐに次のお店が入り、まちが動いていると実感しています。新規オープン店も増え、独立して開業する若者が多い。彼らはネットワークでつながり、自分たちも楽しみながらお客様の回遊につなげています。これからの高崎の軸になってくれる若い力になると思います。商店街同士が連携し、駅からまちなかへと人の流れを作っていきたいですね。もうひとふんばりです!

(商工たかさき・平成27年6月号)