今、なぜ海外進出?

高崎の中小製造業が生き残りをかけて海外へ

 10年以上前から、製造業を中心に国外、特に中国を中心とするアジアに進出する企業が増えてきていた。大手メーカーは安い労働力を求めて海外進出し、子会社や下請け企業も次々と海外進出を行った。

 しかし、現在は撤退する企業も見られるようになっている。海外進出は良いことばかりではなくデメリットも当然あるということだろう。

 そんな中、高崎市内の中小製造業の中で最近海外進出をした企業がある。大手メーカーならともかく、新たに海外進出するには当然デメリットもある。地方の中小製造業が海外に進出するのはそれなりの決断がいる。

 今年7月にベトナムの工場が稼動した、株式会社秋葉ダイカスト工業所(ベトナム・ホーチミン)、中国・ソ(※該当文字無し)州に新工場を建設し6月に稼動したオリヒロ株式会社。中国・深?(しんせん)に合弁会社を設立して稼動している株式会社サイトウティーエム。株式会社荻野製作所は中国・天津に合弁会社を設立し年内の稼動に向けて準備中だ。この4社に、どうして今、このタイミングで海外進出をするのか、その理由を尋ねてみた。

海外進出のキッカケは海外視察

 剣崎町にあるサイトウティーエムは、精密プレス加工を中心とした企業。生産品の約80%が自動車関連部品。プレス加工から二次加工に至るまで一貫したサービスの提供を行っている。ご存知の通り自動車メーカーは、相次いで海外に工場を進出させている。そのために、海外進出は「時代の流れ」と同社の齊藤孝則社長は考えていた。以前、同業者と視察で中国を訪れたとき同行した仲間の中で海外進出を一番始めに決めた。

 同社は、取引先に誘われたのではなく中国での可能性を求めて自社で海外進出を進めた。中国の現地企業と連携し、それぞれの得意分野を活かす企業連携を行うことでサイトウティーエムの投資を最小限にする方法を選んだ。

今、なぜ海外進出?合弁会社「齊藤利来精密五金有限公司」

2009年12月に中国の深?に自社工場となる合弁会社「齊藤利来精密五金有限公司」を設立。プレス加工・金型部門の「N・K・A新永旭五金模具有限公司」(以後NKA)、切削加工部門の「松泰精枝有限公司」の現地企業2社と業務提携を行っている。サイトウティーエムは主力のプレス加工は、NKAに任せて2社と競合しない分野を受け持つ。連携先の2社は、どちらも日本と同等の品質の製品を作る中国資本の企業で、サイトウティーエムを通して受注した仕事を連携して行っている。

 今年4月以降、サイトウティーエムの取引の引き合いのうち、約9割が中国グループ内での対応。中国にある日系メーカーから中国自社工場が直接受注することもあれば、日本のサイトウティーエムを通して日本国内から受注することもある。「中国は、市場や技術力など、あらゆる面において、想像以上にハイレベルでした。NKAは6年、松泰精枝は4年で資本を回収できています。サイトウティーエムは、リーマンショック前の70%しか売上が回復していませが、リーマンショック後の立ち直りは中国のほうが早いです。国内のメーカーは、今まで抱えてきたすべての中小企業に与える仕事がないのでしょう。

 一方、提携企業2社は、どちらも創業当初は従業員20名程度の規模の企業でしたが、現在は約300名にまで増えています。それだけ、中国にはマーケットがあるということ。東南アジアにも同じことが言えます」と齊藤氏。

海外進出はマーケット拡大の為

 「今、このタイミングで海外進出する理由は、マーケット拡大のため。みな同じ思いで出ていると思います」と言い切るのは、荻野製作所の荻野修社長。創業以来「金属切削加工」技術をコアに自動車部品を主力製品としている同社は、年内に今後の成長分野として取り組んできた医療器械部品生産を柱とした子会社「天津萩野三峰精密機械有限公司」を設立する。旧国営企業・天津市中環の三峰電子有限公司と合弁の形をとる。会社は三峰電子のある敷地内、天津市内でも一等地だ。新たに工場を探すとこんな良い条件の場所は見つからない、合弁だからできたメリットの一つだ。

 「国内のものづくりにおける技術開発は年々高いレベルになっているのに、日本では売り先が減ってきている。これでは社員がかわいそうですよ。だったら売り先を探すしかない」と荻野氏。齊藤氏らと、中国がWTOに加盟したばかりの頃から、数回中国各地を視察し、中国の急速な経済成長にともなうマーケットの拡大に魅せられた。そうするうちに、齋藤氏はひと足早く中国へ進出。当時自分が社長でなかったことや、自分のところは、まだ早いという思いであったが、世界の経済状況は見る見るうちに変わり、中国も急速に成長している。これを見て海外進出を決意。中国のサイトウグループよりも北部に位置する天津に工場はある。そのため、アメリカやEUも広く商圏として捉えられサイトウグループと協力関係が結べると考えている。3年後には年商1億円を目指す。

今、なぜ海外進出?日本電産トーソク秋葉ベトナム

アジアの中心に海外輸出拠点として進出

 ダイカスト製品で独自技術を発揮し他社の追従を許さない企業の一つ、大八木町の秋葉ダイカスト工業所。今年7月に、同社の海外拠点として、ベトナムのホーチミン市に「日本電産トーソク秋葉ベトナム(以後、秋葉ベトナム)」を稼動させた。同社は、先にベトナム進出をしていた取引先の日系自動車部品メーカーとの合弁の形をとった。出資比率は15%、従業員は約45名。

 「現在は、日系企業が海外に進出して現地で部品調達を要望しているのに加え、EUや北米を中心にFTA(自由貿易協定)の締結など、世界各地で広域の経済連携が進められています。グローバルな視点で考えると、我が社の海外のマーケット拡大の為の海外拠点が必要と考えていた」と日下田雅男社長。自社のマーケットが日本以外にもあると考えている。

今、なぜ海外進出?オリヒロ株式会社 中国工場

マーケットがあるから進出

 前記の3社は部品製造の2次製品供給企業であるが、メーカーも進出理由は同じである。

 高崎に本社をおくオリヒロは、健康食品を製造販売する会社として知られているが、食品包装機械の設計、製作、販売を一貫して行う食品包装機械メーカーとしても業界では知られている。近年では、乳製品、介護食などの液体・粘体物を無菌で縦型充填包装する機械を主力として製作、販売をしている。シェアは高いがマーケットは小さい。更なる拡販拡大のために海外進出をした。ほかの3社とは違い、30年前から、海外企業と取引を行っていたため、「『世界』の感覚はいつも感じていました。」と鶴田織寛社長。単独資本で中国に子会社を今年6月に稼動させた。売上目標は年間約30億円。これからもっと中国の需要は伸びると、10年で中国への投資分の回収を狙う。長年の付き合いから中国をパートナーとして位置づけ、自社の国内工場とのネットワーク化、グローバル化を図ろうとしている。

 以前は製造コストを下げるために、人件費が安い国に会社を作るという考え方で企業は海外進出を考えていた。特にアジア圏を中心に経済状況が変わった今、安く作った物を日本に持ってくる時代は終わった。現在のタイミングで海外進出する一番の理由は、「海外にマーケットがあるから」ということだろう。同時にこれは、日本のマーケットが世界的に見たときに縮小していることを意味する。

海外進出が国内取引にも影響

 海外へ進出する、もう一つの大きな理由は、海外拠点があることが国内の取引でも条件になりつつあること。

 大手メーカーが、海外で製品を生産し始めてから、しばし時が流れているが、現在でも現地で部品を納品してくれる企業を探している。日系メーカーは信頼のおける日系の企業と付き合いたいと思っている。「中国資本の企業に発注すると、最初はきっちりとしたものを納品しても、安定した品質保持ができなかったりする。品質保持を要求すると100円で取引していたのに、生産能力がいっぱいになったからと110円要求してくる。日本の取引とは異なる。これも文化の違いかと日系メーカーは、中国資本の企業ではなく現地できっちり物が作れる日系企業を探しているのです(齊藤氏)」。海外に進出すると、日本では、相手をしてくれないような大手メーカーが、海外拠点があると直接取引してくれるようになる。これは、2次製品供給企業にとって大きなチャンスだ。

 また、海外の関連会社が大手メーカーと取引きできるようになると、日本での引き合いもくるようになるそうだ。「海外進出が頑張っている証になる。月に数百万の受注案件が、日本で1件あるのに対して、中国ではその10倍の引き合いが来ている(齊藤氏)」。

 「国内の企業がインターネットを見て海外拠点があるならと声を掛けてくれることもある(日下田氏)」。

 「良い製品を作って、いい条件で取引しようとしても、海外拠点がないと足切りされてしまいます(荻野氏)」。海外拠点があるかないかで、商談の明暗が分かれることもある。

 メーカーにしても同じようだ。「商談のとき、『中国に対応できますか』とよく聞かれます。『はい』なら成約、『いいえ』なら商談はご破算です。中国は、海外から輸入して関税がかかるのを嫌う。中国のマーケットに参入するには必然的に中国に会社がないとだめなのです。(鶴田氏)」

 会社の信用度を上げるばかりでなく、海外に製造拠点があることは、現地に安く製品を供給できることにもなる。今の中国は、人件費が以前よりも高騰し、日本の半値で物を作れなくなっている。

投資と人の管理が海外進出成功の決め手

 各企業は、海外進出のリスクをどのように捉えて進出に踏み切ったのであろうか。
 海外進出には、多大な費用とリスクがかかる。製造業の場合は、設備投資が事業の要であり、初期投資が大きな比率を占める部分でもある。まず、多大な初期投資、物流コストをどのように解決しているかを見てみる。

 サイトウティーエムの場合は、すでに中国にあった企業と提携することで、設備投資を抑えている。加えて自社が持っていない技術も補っている。深?の自社工場は従業員が10名だが、NKA、松秦精技あわせ、420名の力を借りることができる。

 秋葉ベトナムは、合弁会社で秋葉ダイカスト工業所の資本比率は15%。設備投資においても75%は相手企業の出資となる。今後の事業拡張もこの比率で費用負担をする。「合弁した相手先の会社は、従業員4000人以上。会社の雇用、総務などの人事管理システムもできあがっているために、会社の立ち上げに時間がかからない、さらに現地政府とのパイプも持っているので援助もあります。当社単独での進出は考えられなかったし、15%以上の資本比率はリスクが多いので、現在の状態がベストと考えています。(日下田氏)」。また、秋葉ベトナムは、海上輸送で製品を輸出。コンテナに製品を合い積みするなど、コストがかからない工夫を行っている。工場は港から300メートルほどしか離れていない場所にあるため、時間のロスと輸送費用を最小限に抑える工夫も行っている。

 一方、合弁企業に75%を出資をしている荻野製作所は、他の2社に比べ、設備投資の負担が大きいが、株主配当収入と技術提供料などでも利益を得ることを考え、早期に投資額の回収をする目論見を立てている。合弁は中小企業の海外進出にとって、有益であるようだ。

最大の課題は文化の違い

 また、文化の違いなどで、人の管理が難しいことを最も大きな事と考える企業が多い。文化の違いは日本の常識を打ち破るからだ。異文化の人間をまとめあげるのは、難しいというのが、全企業の一致した意見だ。

 オリヒロは7、8年前に、食品製造部門を中国に進出させようと検討したことがあったが、良質な水が調達できないことと並び、たくさんの人を雇わなければならないことをリスクと認知し進出を断念している。「機械製造部門は、食品製造と違い量産ではありません。現地採用の人材を教育して日本の工場と同等の工場を中国に作るというだけ。少人数の工員と腹を割って仕事をしている。人材教育は日本式に行っています」と鶴田氏は話してくれた。

 現地のまとめ役は、現地の人間に任せるというのが基本ルールになっているようだ。
 「サイトウティーエムの田中顧問がNKAの役員を勤め、NKAと松奏精技の社長は田中氏が日系企業にいた時の元部下。両企業が起業時に田中氏より紹介を受けサイトウティーエムと業務提携を開始しました。両企業の社長ともに同世代で気心も知れて良いと思っています(齊藤氏)」。

 荻野製作所の場合は、持ち株比率は荻野のほうが多いが、三峰電子の役員を代表に就任させて運営する。「そうすることで、地元密着化ができると思っています。総務課長は上海人ですが、日本に8年いましたので、分かり合える部分が多いと考えています(荻野氏)」。三峰電子は、荻野製作所の取引のある日系企業とも合弁会社を作っている。

生き残りをかけて海外へ

 文化の違いは、技術の流出の原因でもある。技術流出は製造業にとってもっとも恐れるリスク。一つの会社に長く勤める終身雇用の習慣がある日本とは違い、自己のステップアップのために技術とともに他社へ移ってしまうからだ。

 秋葉ダイカスト工業所は、オートメーションのラインの整備を進め、従業員個々の技術に頼らずに製造が行える方法をとる。「これにより技術の流出が防げますし、人材が入れ替わったとしても、製品の品質が保てます」と日下田氏。更に、金型の製造メンテナンスを担う為に、日本の金型技術を持つベトナム人が社長の現地法人TSMVにも15%の出資を行い技術の分散を図っている。

 一方、オヒリロは、「ビジネスはギブアンドテイク。お互いに得るものがなければ」と技術提供を恐れない。ソフトの組み替えも中国で行う。その理由を「われわれは中国でずっとやっていくつもりです。大理石、タイルをふんだんに使った約3,000坪の社屋を見ていただければ分かると思います」と、ビジネスパートナーとして中国に骨を沈める姿勢をPRする。量産品でない機械を製造しているメーカーの強みである。

 今、この時期に海外へ進出する企業は、みんな行くからブームだからという理由ではもちろんない。来料加工(例えば外国企業が原材料、部品、製造設備などを無償で中国企業に提供し、外国企業が指示する品質、規格の製品に仕上げた後引き渡し、中国企業に加工賃を支払う方式)のために海外進出するのではない。紹介した高崎の4企業は、海外のマーケットを分析し、魅力があるから進出をしている。

 海外、特に中国をはじめとするアセアン諸国の国々は、着実に経済において変化をしている。日本の電気街やデパートで中国語のパンフレットや案内板を多く見かけるようになり、買い物をしている姿が目に飛び込んでくる。これだけを見ても、経済が成長していることが分かる。賛否両論あるが、成長率の高いマーケットとして、一つ選択肢が増えたことになるだろう。

 高崎の中小製造業も海外での受注を求めて、また自社の製品の海外への販路拡大の望みを託し、生き残りをかけて海外進出を行っている。失敗すれば当然企業のダメージは大きい。だが、国内で仕事がなければ海外に出て行くしかないという状況も現状のようである。

海外進出している企業4社の概要

株式会社秋葉ダイカスト工業所

金型製作において、不可能とされていた型割面を可能にし、三方中子、斜め押出し、製品の熱処理等、独自製法で特徴ある金型を作成している。

  • 代表者:日下田 雅男
  • 所在地:高崎市大八木町580
  • 創業:昭和31年10月
  • 資本金:2,000万円
  • ベトナム工場:日本電産トーソク秋葉ベトナム
  • 取得資格等:ISO9001、ISO14001。群馬県中小企業モデル工場、群馬県一社一技術認定工場。2007年元気なモノ作り中小企業300社

株式会社サイトウティーエム

自動車用部品及び精密電子部品のプレス加工、 プリント基板のプレス加工、 精密機械加工部品の試作・設計、製作、 ITソリューション企画及びソフトウエアの開発を行う

  • 代表者:齊藤 孝則
  • 所在地:高崎市剣崎町1140-18
  • 創業年度:1970年9月(昭和45年9月)
  • 資本金:1,800万円
  • 中国工場:齊藤利来精密五金有限公司
  • 国内提携企業:株式会社モハラテクニカ、新日本精工株式会社、茂木プレス工業株式会社
  • 中国提携企業:新永旭五金模具有限公司、松奏精技有限公司

株式会社荻野製作所

  • 代表者:荻野修
  • 所在地:高崎市並榎町164
  • 事業所:榛東工場 敷地12,139㎡・建物3,798㎡ / 北群馬郡榛東村大字広馬場字宮室418
  • 創立年月日:1946年5月
  • 資本金:30,000千円
  • 中国工場:天津萩野三峰精密機械有限公司

オリヒロ株式会社

食品包装機械、食品製造機械・食品プラントの設計、製作、販売、コンニャク原料の製造ならびに販売、.健康食品の製造ならびに販売、包装資材の販売を行う。

  • 代表者:鶴田織寛
  • 設立:昭和47年12月
  • 資本金:3,276万円
  • 中国工場:ソ州欧力希■(※該当文字無し)机械有限公司
  • 関連会社:オリヒロエンジニアリング株式会社、オリヒロマテリアル株式会社、オリヒロプランデュ株式会社、モア物流株式会社

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