震災危機は変革のチャンス/「想定外」に備える経営

 大震災直後の混乱から回復し、張りつめていた緊張感も薄らいでいる。一方、大震災の影響が経済に本格的に反映してくるのはこれからであり、厳しい状況が長期化するのではないかと予測されている。

 そうした中で、今夏、電力の供給不足に対応するため、電力使用量の15%削減、最大使用電力のピークカットが国から求められた。電力削減が与える影響は大きく、「どう節電すればいいのか」という悩みの声が聞こえてくる。

 夏の電力削減は、直面する問題として乗り切らなければならないが、大震災の影響が長引くのは必至と考えられ、中長期的な視点と危機管理の中でこの問題をとらえていくことが重要になるのではないか。

 「想定外」と言われた大震災。今後の影響も「想定外」になると言ったら言い過ぎだろうか。今回の特集は、電力削減や資材不足を切り口に、長期化する震災の影響と企業経営について、高崎市内の製造業に取材した。

復興需要の増産と電力削減の両立を図る
エスビック株式会社(コンクリートブロック製造)

エスビック株式会社(箕郷本社工場)エスビック株式会社(箕郷本社工場)

国から緊急増産の通達

 エスビックは、今、増産に追われている。震災直後、建築ブロックは緊急災害時の調達物資として登録され、全国建築コンクリートブロック工業会を通じて同社に対し経済産業省から復興に向けた供給・増産協力の通達を受けた。

 東日本大震災で、東北地域のコンクリートブロック生産工場の多くが被災する中で、同社の東北営業所とつくば工場の在庫製品も破損の被害を受けた。総点検の結果、高崎市内5工場は健在でつくば工場も生産に支障はなく、6工場20ラインは3月15日から運転を再開した。

 コンクリートブロックのトップメーカーとして業界を牽引してきた同社は、被災地に最も近い供給拠点としての使命も託されている。同社の生産能力は1日に20万本、大型トラック200台分の輸送量が生産される。「あまり知られていませんが、高崎市は世界最大のコンクリートブロックの供給拠点です」と同社の栁澤佳雄社長は語る。震災後一週間で、一日当たりの生産量は前年同月を上回り、4月のピーク時には前年同月比125%、5月に入っても前年同月比110%台で推移している。

復興には5年以上を要する見方も

 被災地の復興では、被災したブロック塀の補修工事などもあるが、仮設住宅の基礎部分の敷き材にコンクリートブロックが使われている。本格的な復興はこれからだ。阪神淡路大震災では、復興のために関西方面のブロックメーカーでは3年余り増産が続いた。東日本大震災は被災地が広範囲のために、復興には5年以上かかるという見方もある。エスビックでは、既存の需要に加え、経済産業省の通達に則った被災地への円滑な供給を確保するため、2割から3割程度の増産が続けられる。

 増産と夏の電力削減の両立が、同社の課題だ。3月の計画停電が操業に与えた影響もあり、大震災以降、ゴールデンウィークも出勤して生産ラインを動かした。今回の増産は5年続く長丁場とすれば、「社員の労働環境にも影響が出ることが目に見えているので、無理をさせてはいけない」と栁澤社長は考えている。

 2交替制や6工場を4グループに分け平日に輪番で休業することで20%から30%の電力削減を試算している。この電力削減が生産量にどのように影響するか検証作業を行っている。生産工場が休日シフトを行った場合、営業部門や出荷、物流も体制の見直しや調整が必要となる。電力削減と安定供給の両立が、復興に貢献する会社の社会的使命と栁澤社長は捉え、種々のコストアップ要因はあるが販売価格の維持にも努める考えだ。

見えないリスクへの意識づくりを
冬木工業株式会社(総合建築)

冬木工業株式会社(倉賀野工場)冬木工業株式会社(倉賀野工場)

まだ土木工事も始まっていない

 「大震災の復興のためメーカーからは資材が品薄になる、あるいは納期が数週間、数カ月遅くなると言われていました」と、大竹良明社長は覚悟を決めていた。鉄鋼メーカーは、被災地への供給を最優先させるという。ところが、震災直後は建築資材の供給が滞っていたものの1カ月ほどで回復し5月時点ではおびただしい不足感は感じていない様子だ。ガソリンや生活物資も安定しているので、震災直後の危機感は薄らいでいる。「経済は縮小したが、思ったほどではなかった。本当に困る状況になるのは、これからです」と動向を注視している。

 冬木工業は、被災した地域にも現場を持っており、震災以降5月中まで工事が中断した現場もあった。大竹社長は被災地のお見舞いに訪問した際、復興計画が立ち上がるのは、まだまだ時間がかかる状況を目の当たりにした。現地では未だ、道路や上下水道など、生活インフラの土木工事にも手が付いていない。建築資材が必要な“まちづくり”の段階に至っていない状況だ。これから復興が本格化した時に復興特需とともに資材は足りなくなる。

 震災後からゴールデンウィーク明けまでは、電線が著しく不足していたそうだ。復興の段階に伴って、大量供給される資材が変わってくる。「鉄鋼メーカーは、土木用の鋼材を優先させるので、今後、私たちが発注する建築用鋼材の納期遅延が懸念される」と大竹社長は断言する。建築関係では、断熱材、ユニットバス、キッチン、温水器なども需要が高まり値上がり基調にあるようだ。

価格変動と需要量が読めない

 今後、被災地の復興で、莫大な量の建築資材が必要とされる。その全体量は計りがたく、建築資材メーカーの生産力がどのように推移するのか見極めるのが難しい。原材料の供給遅れが5年間は続く想定が必要だ。工期の見直しや、顧客への引き渡しがずれ込むことによる資金繰りも必要になる。大竹社長は「納期遅れによる、運転資金の調達能力が今まで以上に求められるようになるでしょう」と言う。

 資材の値上がりも心配だ。急騰によって、見積もった契約金額よりも、施工時の原材料仕入額が跳ね上がれば利益が無くなるどころか赤字になる危険もある。公共工事の場合はスライド制が導入されているが、民間の場合は対応が厳しそうだ。「厳しい水準での受注となっているので、先を読み間違えると大変なことになります」と言う。

 建築・土木業界全体として復興は大きな特需になるが、個々の企業については、長期的な視野で冷静な経営判断が求められそうだ。冬木工業も復旧関係は自社施工でなくとも最優先で対応した。「復興特需というより今期はマイナスの影響のほうが大きい」と予想している。

「想定外」の危機管理を

 3月11日の大地震の時刻、大竹社長は横浜のみなとみらい地区の施工現場にいた。鉄骨が組み上がったビルの上層階で視察をしていた時に地震が起きた。その場にいた全員が鉄骨の梁に必死にしがみついて、激しい揺れに耐えたそうだ。その経験は、大竹社長に想定外のリスクを考えさせるきっかけになった。

 以前、他社工場で10数トンの鉄骨が背よりも高く積み上げられていることに恐怖を感じたことがあった。訊ねると「こんな重い物が崩れるはずないでしょう」と笑われたという。今回の大震災は、全てが想定外の被害だった。「工場の中には見えないリスクがあります。一人ひとりの意識を高くし、具体的な行動に結びつけていきたい」と考えている。リスクを見直す良いチャンスだと言う。電力削減対策は、大型施設の現場では現場スケジュールに合わせる為、こちらの都合だけで休日を変更できずシフトなどで対応する。今年の夏には間に合わないが、節電対策として太陽光発電も視野に入れている。場当たり的でなく「実が伴う仕組みを定着させる」ことが何よりも重要だと強調する。

電力使用量を「見える化」しピークカット
株式会社町田ギヤー製作所(機械部品製造)

株式会社町田ギヤー製作所株式会社町田ギヤー製作所

「なんとかなる」では対応できない

 「リーマンショックが、ガツンと殴られる脳しんとうなら、今回はボディブローです。後からきいてきますよ」と町田一明社長は警鐘する。

 一律15%の電力削減は、「みんな同じだから、なんとかなる。という感覚の経営者も多いので心配です」と顔を曇らせた。どうやって節電するか「そのうち国や発注元から指導があるだろう」と思っている人もいるらしいが、それでは済まされない。

 単純に電力を15%カットすると工場の生産能力に直接影響を与える。生産が落ちれば、納期遅れ、顧客離れ、売上減として経営に打撃を与えてしまいます。生産を維持するためには、勤務シフトや残業といった労務の問題も生じる。この問題を避けて通ることはできない。

 業界全体としてもリーマンショックからの回復が軌道に乗り始めた矢先のことで「これから、どう攻めようかと考えていた。せっかく出てきた回復の芽が摘まれてしまうのではないか」とこの電力削減は痛い。

リアルタイムでピークカット

 今回の15%削減とは関係なく、町田ギヤー製作所は経営に直結した個性的な節電対策を行ってきた。

 リーマンショックを機に、経費節減のため、電力の最大需要(デマンド)値をリアルタイムで計測するデマンドコントロールシステムを導入した。最大需要値は、30分間毎のピーク値で、年間で最も大きな値が、自動的に翌年の契約電力となる。同社では、過去、たった30分間の電力量が突出し、それが翌年の契約電力を大きく引き上げてしまった苦い経験がある。このシステムは、30分毎の使用電力量を常に監視し、「見える化」している。同社では、昨年の最大需要値の20%減を目標値としており、使用している電力量がその設定値に近づくと、システムが警告を発して知らせてくれる。まさに、きめ細かなピークカット管理と言える。

 このシステムは町田社長の子息、和紀専務の発案で導入し、効果を上げている。契約電力に直結するので、取り組みも真剣だ。

 警告が出ると、館内放送で、不要な電気を切るように呼びかける。放送が流れると、町田社長は、大あわてで身の回りのコンセントを引き抜くそうだ。節電意識が全社に共有され「5%の節電でも、どれだけ大変なことか、身をもってわかる」。リアルタイムなので、どの機械を稼働させると、どの程度使用電力量が増加するのか、把握することができる。パソコンで記録を見ることができ、あと何ワットで目標値を超えてしまうのか、はっきりとわかる。

 そうした節電の努力を重ね、使用電力を抑えてきたところに、今回の15%削減が出てきた。「減量に減量を重ねてきたのに、これ以上、どこを絞ればいいのかわからないほどだ」と町田社長は言う。15%削減を踏まえた次のステップとして、同社は工場内の水銀灯をLED化する計画を進めている。これによって、照明に使う電力が60%削減できる計算だ。

 デマンドコントロールの導入は、省エネルギー、省資源、廃棄物削減等の取り組みを行う「エコアクション21」取得の一環として取り組んでおり、地球環境への貢献と企業経営が一体化した改善につながっている。同社では、製造業の仲間に、エコアクションとデマンドコントロールシステムを紹介し、同業者への広がりを提案している。「デマンドコントロールが高崎の製造業の取り組みとして広がれば、電力削減の先進的な地域モデルになるでしょう」と期待を込めている。

問題含みの土日シフト

 今夏の対応として、週日の電力ピークを避けるため、土日出勤して休日を振り替える勤務シフトの動きが業界として進んでいる。和紀専務も高崎青年経営者協議会のメンバーとともに、電力削減に伴う一連の課題を考えてきた。

 専務は「うちの会社は火曜・水曜が休み、そちらは木曜・金曜ですかと、一社一社が個別に考えていたら、産業そのもののサプライチェーンが崩れてしまう」と危機感を強めている。「みんなが困っているのは確かです。業界として、地域として考えをまとめていかないと生き残れなくなります」と、組織だった取り組みの重要性を強調する。企業防衛に取り組める環境づくりが必要だと考えている。

柔軟に変われる企業経営を

 町田社長は「夏の次には、冬にも節電が求められるかもしれない。来年の夏も同じように節電が必要になるだろう。電気が使えないので仕事ができませんとは言えない」と言う。電力のピークカットとは、午前11時から午後3時まで製造ラインを止めなくてはならないような、深刻な状況を意味していることを再認識させた。

 町田ギヤー製作所では、これまでのデマンドコントロールシステムの取り組みを生かし、今夏の15%削減を、中長期的な展望の中でとらえている。エスビックでは、電力削減と安定供給の両立が復興に貢献する会社の使命とし、向こう5年を見据えた体制を準備している。冬木工業は、いつ始まり、いつ終わるかわからない資材不足と見えないリスクに対する経営強化を図り一日も早い復興のため出来得る対応を行っている。

 電力削減に模範解答は無く、それぞれの企業や業界、地域に最も適した方策を自ら生み出さなければならない。電力15%削減は、大震災復興に向けての社会貢献であると同時に大きなリスクでもある。削減目標を達成しながら、企業の成長に結びつけていく視点が、5年後、10年後の企業の存亡を左右する分岐点になるだろう。取材した企業からは「影響は長引く。生き残るのは、柔軟に対応できる企業」という厳しさが伝わってきた。中長期的な展望に立った企業の対応、変革が、今求められている。

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