ビジネスパーソンにお薦めするこの1本 No.62

すばらしき世界

志尾 睦子

2021 日本 2時間6分
監督:西川美和 
出演:役所広司/仲野大賀/橋爪功


受け入れること 乗り越えること

 気温が定まらない春の終わり、世の中の不穏な状態が気候に反映されているのかと疑ってしまうほどです。このところの私は、いつも以上に朝の身支度に時間を要しています。季節を感じる気分と、実際の体感温度が一致しなくて悩むからです。最初は、忙しい朝にその時間を取るのが面倒で、苛立ち嫌な気分になっていました。でもある時、悩みながら服装を整えていく時間を持てることは幸せなこと、と気がつきました。不安も、面倒も、考え方と自分の行動一つで見え方が変わるものですね。感謝して、毎日を愛でて進みたいものです。

 さて今回ご紹介する作品も、そんな視点で思い出した一作で、生きることの尊さとすばらしさを謳っています。
 雪深い北海道・旭川の刑務所からこの物語は始まります。殺人罪で服役していた三上は13年間の刑を終えて出所します。九州で生まれ、若くして極道の世界に入った彼は人生の半分以上を刑務所で過ごしてきました。長い刑期を終えた今、「今度ばっかりはカタギぞ。」と強く自分に言い聞かせ、身元引受人がいる東京で生活を始めます。身寄りの無い天涯孤独な三上にあるのは、刺青と大きな刀傷と刑務所で積み重ねてきた「身分帳」だけ。「身分帳」には家族関係や経歴、刑務所での態度や行動が記録されているので、三上の生きてきた時間の証がそこに記されているようなものなのです。

 今度こそはと更生を誓い、下町の小さなアパートで一人つましく生活を始めた三上。真面目に人生をやり直そうとするその力の源は、幼少期に生き別れた母親を探すことにありました。テレビの力を借りれば母親が探せると考えた三上は、「身分帳」をテレビ局に送ります。それを手にしたテレビマン・吉澤と津乃田は、元殺人犯が社会復帰に奔走する姿を番組化したら面白くなると目論み三上を取材し始めます。

 元々気性の荒い三上は、小さなことで頭に血が昇ってしまいトラブルに繋がることもしばしばですが、母に会いたいと願う気持ちが、更生への道に押し戻します。彼が社会の荒波を「普通に」泳ぐことは容易ではありませんが、三上は自分自身を受け入れ、乗り越えようとただただ進むのです。なぜそれができるのか。が、この物語の核心でもあります。

 同じことをしていても、自分や相手の見方や受け入れ方次第で、物事はまるで違う結果を生んでしまう。それならば、より良き時間と世界が見られる方へと舵を取りたい。そう思わせてくれる作品です。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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