58.高崎新風土記「私の心の風景」

かんころもちと柳通り

吉永哲郎

 先日、駅前通りを歩いていましたら、「ぶらり旅の途中下車の者ですが、柳通りを教えてくれませんか」と、初老の人に声をかけられました。「そちらの方に行くところですので、ご案内いたしましょう」と、市庁舎を眺めながらお堀端を北へ歩いていきました。
 「高崎にお堀があるとは知りませんでした。冬の水の風景は情趣を感じます」と、ゆっくりとあたりを眺めておられました。「ここを真っ直ぐお堀端を北へいきますと、柳通りです」「そうですか、ありがとうございました」といって、別れました。何かわけがありそうだなと感じました。私はこの道案内しながら思い出したことがあります。
 柳通りといえば、以前通りの中程に小粋な「ときわ」という小さな居酒屋さんがありました。寒い夜など蔦の紋を染め抜いた暖簾をくぐり入りますと、途端に湯気でメガネがくもったものです。さて、ある雨がみぞれに変わった夜、馴染み客もなく、仲のよい主人夫婦だけとの時間を過ごしたことがありました。その時、つきだしに「かんころもちです」と目の前に。見たことがないのでじっとみつめていますと「さつま芋の切り干しをかんころといい、蒸して干粉にして餅にしたものをかんころもちといいます。私にとってはジャガタラ文の味。なつかしかね」と、故郷長崎五島福江島の最西端三井楽のことを話してくれました。三井楽は遣唐使の寄港地として知っていましたが、思わず遠い空間に思いをはせました。そういえば、雑誌『旅』の編集長戸塚文子さんが、この店によく顔をみせていました。旅のおはなしが、お酒の肴でした。

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