37.高崎新風土記「私の心の風景」

坂道をのぼれば 大島坂

吉永哲郎

 「坂」とは山の坂道のことですが、他の地域との境をなしている意味もあり、俗世間とは違った異空間に入る境目にいるという意味をもっています。
 大島坂とは、下大島町の交差点歩道橋の下を流れる里見川を渡って若田台地へのぼる急坂のことですが、現在は西部小学校への通学路になっています。日暮れのはやい、ものわびしい雑木林の坂道で、途中に安政六年未<ひつじ>三月吉日と刻された庚申塔があります。その近くに霊験あらたかなイボ取りの「エボ石」という巨石もあります。坂ののぼり口に創業百年にもなる雑貨屋須田商店がありますが、開業間もない頃には、夕方になりますと近くの若い者が店先に集まり、「今夜ははでにやらかすか」「おめぇ、あのこにほの字かよ」などと、板鼻の女郎をひやかしにいく遊びの相談をしていたそうです。中には、昼間、若田台地の野良仕事中、誘いにきた板鼻の女郎のところへと、浮き立つ男もいたとか。
 何の変哲もない大島坂ですが、俗世間と遊びの空間との境目。別れ際に「しゃみを横抱き浅間をながめ つとめはつらいと目に涙」と低い声で耳元にうたった板鼻の女<こ>が忘れられず、毎夜通いつめる鼻下長<びかちょう>がのぼる、恋の坂道だったのです。
 さて、高崎には神楽坂のような粋な坂はありませんが、「へびざか」があります。高校球児を愛する人ならおわかりでしょう。球児の声が響く、青春の坂です。

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