髙崎唱歌

散歩風景32

吉永哲郎

 唱歌の32番は、「高崎駅にも近ければ 菓子に煙草に雑貨店 割烹店に旅人宿 軒を並べて栄えゆく」です。


 「あらまち」は、江戸時代では中山道の宿場として人の往来が盛んでした。宿屋が多くあり、「諸国商人宿」と掲げた宿屋が先頃まで残っていました。高崎駅が設置された後、一層交通の要地として意味を強くもつようになり、その上15連隊が城跡に置かれ、各地から入除隊関連の人が増え、宿が必要になりました。当時の面影はラジタカ前の豊田屋さんに残っています。


「高崎案内記」(1900)には、「高崎停車場に至る繁華の街路にして、道幅広き事(中略)大小の各商店、旅館、割烹店等を連ねて(中略)横町の妓楼に美形の面々三節の糸を調ぶるありて(中略)旅館にては信濃屋、関口屋(中略)割烹店には高崎第一等の聞こえある岡田屋及びかね桝屋」とあり、その賑やかさが想像されます。

近年の都市化によってあらまちはマンション、ホテルや駐車場化し、さらにはシンフォニーロードなど市街化が進みました。

唱歌の「煙草」ですが、あらまちに「煙草市場」があったことをあらわしています。1738年(元文3)新町のみ藩は「煙草屋」を許可しました。近年他の町でも売る店ができたと、取り締まり強化を藩に訴えた町の文書が残っています。
町の氏神様は諏訪神社です。あらまち交差点の山車小屋隣に鎮座しています。あらまちはお話ししたいことが沢山あります。いずれまた・・・。

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