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モリのいる場所

志尾 睦子

2018年 99分
監督:沖田修一
出演:山﨑努/樹木希林

共に生きることで見えてくるものは

 今年の秋の入り口は夏の暑さが残りましたが、それもようやく落ち着いて、最近ではひんやりした空気が体を纏う時間が増えて来ました。木々の色合いも変わり、曼珠沙華があちこちで色濃く美しく咲いているのを目にします。先日は白花曼珠沙華の群生を近所で見つけて驚きました。あまり見ない白い花、こんな近くにあったとは。普段よく通る道ではないにしろ、自分の行動からすると、これまで全く目に入らないとは思えない場所でした。気に留めず通り過ぎていたのだと考えると、そのことの方に愕然としてしまいました。秋を探しに山へ紅葉狩りに行こうと思っていた矢先でしたので、今年は近くの秋をまずちゃんと見つけて楽しもうと思った次第です。

 さて、今回ご紹介するのは、そんな一件で思い出した作品です。実在した画家・熊谷守一さんをモデルにした物語で、昭和49年の東京を舞台に、94歳の画家・モリと76歳の妻・秀子の生活を描いています。

 若くして才能を認められながらも、名声を望まなかったモリが絵で家族を養えるようになったのは50歳を過ぎてから。その頃建てた一軒家で、モリは秀子と二人で暮らしています。といっても、姪の美恵ちゃんが毎日お世話をしてくれますし、誰かしらがやってきます。モリの家にはとにかくいろんな人が出入りしていつも賑やか。モリは外部をシャットアウトすることはなく、自分のペースを崩すこともありません。どんな時でもありのまま、思いのままに筆をふるい、絵を描きます。毎日良き頃合いになると秀子は「いってらっしゃい」とモリを送り出します。彼が向かうのは軒先から玄関までの自宅の庭。かれこれ30年近くモリは家の外に出ていないようです。自宅の庭でひがな1日を過ごすのですが、暇を持て余しているようには見えません。足元の蟻を眺め、土の匂いと味を噛み締め、庭の草木を愛で、日々の小さな変化に気づき、全ての生命と通じながら彼は日中を庭で過ごします。そして夜になるとアトリエで絵筆を持つのです。そんなモリの毎日が繰り返しのようでいて、1日たりとも“同じ”がないのだと見えてくるのが不思議です。

 マンションの建設計画が進み日照権が侵害されると分かっても、モリは庭を眺めてその生命たちの声に耳を傾けます。一見偏屈にも、変人にも見えますが、モリの人生の指針は、他者や社会と自分らしく共存することなのだと気付かされました。名優の名演も必見の逸品です。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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