93.高崎新風土記「私の心の風景」

除夜の鐘を撞く

吉永哲郎

 大晦日、各地の除夜の鐘を撞く風景は、TV局恒例の放映となっています。さまざまな思いのこめられた鐘の音が響き渡ります。半世紀前、高崎で除夜の鐘を撞くのは、その寺の住職が主でした。時が経つにしたがって、檀家の人たちや地域住民、今は観光的になって旅行者がと変遷しています。
 お寺の鐘の音は日常生活に欠かせないものであることを知ったのは、京都嵯峨野化野の念仏寺の「茶沸かしの鐘」からです。正午の支度の為に、家へ戻るように野で働く主婦たちへ知らせる、11時半の時鐘です。高崎市内で、今でも日常生活と密接にかかわっているお寺の鐘は、高崎山龍光寺さんで撞く鐘です。朝6時と夕方5時(夏時間は朝夕一時間早くなります)に響きます。近くに住んでいますので、朝の鐘によって一日の行動をおこします。
 私が高校生であった半世紀前、ご住職の特別なはからいで、この時鐘を除夜に撞く機会を与えられたことがありました。その年の除夜の鐘の一回をご住職に代わって撞かせていただいたのですから、責任の重さを感じ、寒さではなく身体が震えていたのを、今も覚えています。除夜の鐘は108ですが、その半分は54です。この数字、実は源氏物語54巻とかかわるとする考えがあります。
 私が源氏物語を深く読むようになったのは、もしかすると除夜の鐘を撞いたご縁からなのかと、ふと思ったりします。今年の除夜の鐘は、3・11の大震災によって亡くなられた人々への鎮魂の響きをもっています。その上に私は、中世人にならって、「生きてこそ華」と称え、人間らしくありたいと、心の鐘を撞きます。

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