91.高崎新風土記「私の心の風景」

月が西の空にある夕方は

吉永哲郎

 10月になりますと、来年のカレンダーが書店などで見かけるようになります。日常的に古典を読む機会が多いためもありますが、平安時代の人と同じに、陰暦にそった生活と季節の移ろいを感じるために、私はいつも月の満ち欠けが表示された「ムーン・カレンダ―」を求めます。
 満月前の、新月から10日の月は、陽が沈みますと西の空に天候さえよければ眺められます。その見上げる月は、私にとっては、今に生きる源となっています。多感な高校生の時、下校時にはいつも二、三人の友と連れだって、八千代橋上流にあった、乗附町を流れる荒久沢川と碓氷川とが合流する提の草原に行き、異性のことや世の中の動き、時に将来の進路のことなどを、月が西に沈むまで語りました。話に飽きると相撲をへとへとになるまで取ったりして、それぞれ家路に向かいました。
 当時、下校時の寄り道先は、街中の本屋さんや、少々生意気な喫茶店通いなどでした。今と違って時間に追われないのんびりとした時代だったとは思いますが、こうした一見無駄な時間を過ごしたことが、後のさまざまな人生でのエネルギーの源になっていることを感じます。無駄のない功利的な生き方が要求される現代社会にあっては、一笑にふされることでしょうが、17歳前後の時に、目先のことに追われず、自由な空間を持つ余裕をもちたいものだと思います。
 今でも、考えや発想の展開に行き詰まると、この堤の草原に坐り、月を眺めます。時に、満月が市庁舎横の空間からのぼる光景を見ることがあり、豊かな心になります。

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