90.高崎新風土記「私の心の風景」

平将門ゆかりの地

吉永哲郎

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の文で始まる平家物語、その続きの文に「驕れる人」の一人として「承平の将門」の名があげられあています。この平将門とのかかわりを示すのが、「国府」という地名です。
 県道足門前橋線を車でいきますと、「国府小入口」と表示された信号機があります。「国府」とは、上野国国府があったことを示す地名です。国府とは国衙(国司の役所)の所在地のことをいいます。この国府は、染谷川沿の国分寺跡(高崎市東国分町)と前橋市元総社町あたりではないかといわれています。
 将門の生涯を記した『将門記』には、上野国の国司から国印を奪い、追い出し、ここで将門は「新皇」と称し、一族を坂東各地の国司に任命する除目(じもく)を行ったとあります。この行為が「天皇に代わる国家反逆を企てた」と後に通説化し、平家物語にも語られたわけです。
 しかし、実際は朝廷の下位に位置付けた坂東の自立を意味していたと考えられます。一見反逆的な行為に見えますが、中央政府の指導力低下、地方の国司・郡司の施政に対しての不平不満を代弁している姿と、さらには転換期を迎えた現代社会にあっての行動的指導者としての姿を、私は感じとります。
 人は信号機下の「国府小入口」表示を、あまり気にとめないと思いますが、時に「国府」の地名に注目して、近くの国分寺跡へ足をお運びください。ぼうぼうとした雑草の原に往時を偲ばせる築垣を見ながら、現代の平将門にたりうる人物を、あれこれ考えるのも一興です。

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