72.高崎新風土記「私の心の風景」

だれもいなくなった教室

吉永哲郎

 「七里香」「九里香」をご存じですか。前者はジンチョウゲ、後者はモクセイの香りです。さて、七里香がどことなく聞こえてくる季節になりますと、吉野秀雄の「図書館の前の沈丁咲くころは恋も試験も苦しかりにき」の歌が口をついて出てきます。二月、三月は学期末や入学試験が多くある時期、この香りに青春のひとときを思い出させます。特に三月は卒業式の季節。卒業式に臨む父兄や教師には様々な思いが去来します。
 半世紀あまり教育の場にいたせいでしょうか、三月になりますと、小中高の卒業式の新聞記事に目がいきます。先日、七里香に誘われ以前勤務した末広町の女子校跡を訪れました。今は、市の図書館や公民館となっていますが、校舎の面影が残っていました。少々センチな気持になったのか、毎年の卒業式のことが目に浮かんできました。当日、生徒達の前では極力平静を装い、うれしい表情をしているのですが、内心は何か物寂しい気持がしていました。
 特に担任の時、こみあげてくる感情を抑えながら、一人一人を呼名したことが昨日のように思い出します。式がおわり教室で最後のホームルームの時間を迎え、心に残る言葉をと考えてきたものの、「おめでとう。では、お元気で」としかいえず、命令口調で「早く教室から去れ」というのが精一杯でした。
 「だれもいなくなった教室」とは、卒業式後、生徒がいなくなった教室のことです。一人取り残された私。がらんとした教室。一つ一つの机に、そこに座っていた生徒の名を呼び、一礼して教室を後にします。センチな教師のささやかな卒業式の儀礼でした。
(高崎商工会議所『商工たかさき』2010年3月号)

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