55.高崎新風土記「私の心の風景」

里芋畑

吉永哲郎

 若い人に「イモといえば」と尋ねますと、多くはジャガイモ・サツマイモを口にします。里イモ山イモをあげるまでちょっと間があきます。秋は月を愛でる時節で、十五夜や十三夜を「芋名月・豆名月」ともいいますが、これは畑作物の感謝の意味をもっています。お団子だけでなく、さまざまな秋の実りを供えることからも想像されます。ちなみに秋の実りの代表格稲の感謝は、十一月になってからです。ここに、日本文化の二つの姿を考えることができます。つまり「芋文化(畑作)」と「稲文化(稲作)」の二つです。
 黄色く染まる稲田風景の中に、里芋の大きな葉を農家の庭先に見かけます。田んぼと芋畑が同居する風景は、この二つの文化を象徴しています。欧米では里芋はほとんど食用にされず、観賞用植物として庭に栽培され、大きな葉が庭園美のひとつになっています。わたしは、芋の葉をみますと、一茶の「小便も玉と成りけり芋畠」という句を思い出してしまいます。
 「イモ」は、古語の女性をさす「妹(いも)」に通じ、子を生むという意味をもち、また里芋は山で自生する山芋に対する名で、里(家)で栽培されているところから、「イエノイモ」ともいいます。高崎駅東口から東へまっすぐ進雄神社裏あたりまで行く途中、あちこちの庭先に里芋畑を見かけます。日本の生活空間にかかせない風景だと、しみじみと感じます。
 さて、子芋(きぬかずき)をゆで、皮を少しむいて押し、つるっと芋を口にしたことありませんか。お酒の肴にどうぞ。

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