46.高崎新風土記「私の心の風景」

「おらが春」― 一茶のこと ―

吉永哲郎

 新年を迎えての庶民感情を的確に表現した「目出度さもちう位也おらが春」という句があります。この句は『おらが春』という一茶の俳諧句文集の冒頭に据えられた作品です。『おらが春』には、自身の生い立ち、長女さとの誕生と夭折など、苦難の人生を通して諦観の境地へ達した、一茶の内面葛藤が記されています。一茶自身の手でまとめられていましたが、生前には刊行されず、死後門人や仲間によって刊行されました。その俳諧文集『おらが春』の序文を逸淵(いつえん)、跋文を西馬(さいば)が書いていますが、二人とも高崎の俳人で、この二人によって文化文政期の俳人としての一茶の存在を、今に伝えているのです。
 一茶は信州柏原の農家の長男として生まれ、三歳で生母に死別、その後仲の悪い異母兄弟と山村という環境を考えた父は、十五歳の一茶を江戸へ旅立たせました。江戸で極貧生活を送った十年後、俳諧師一茶として世に出ました。中山道を幾度となく往来しましたので、県内に多くの足跡があります。その一つ、新町宿の高瀬屋五兵衛に烏川の川留めで宿泊したことが、一茶の『七番日記』に記されています。高瀬屋旧跡は今に残っています。
 『おらが春』の締めくくりに、「我門(わがかど)へ来さうにしたり配餅(くばりもち)」の句を一茶は記していますが、この一年、皆さん自身の「おらが春」を記してみたらいかがでしょうか。

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