髙崎唱歌

散歩風景 25

吉永哲郎

唱歌の26番は、「本町一二三丁目 商店櫛比(しっぴ)軒ならべ 新規を競ひて売り出す 市内第一繁盛地」です。
「櫛比」という耳慣れない語があります。これは櫛の歯のように、細かに隙間なく並ぶことをいい、商店が軒を競うように並んでいる商店街をあらわしています。商店がぎっしりとつまるようにあったということです。その繁盛ぶりを示すのが一、二、三丁目の各町内にある豪華な彫刻の山車です。祭りで曳き出される時の囃子の笛の音は、他の町内の山車囃子とは違う雅びな音色で、ゆったりとした調子には、どこか京風な雰囲気を感じさせると、町内の古老は語ります。
本町は、慶長3年(1598)、和田城再築当時、金井・馬上宿の地を移し、城下の中心の町、基本となる町としてつくられたと言われます。明治時代は大小の商店はもとより、旅館、割烹料理店などがぎっしりと建ち並び、人や馬(交通、運搬用)の往来が昼夜絶え間なくあったといわれ、当時の「高崎案内記」には、本町に人が集まるのは交通の要地というだけでなく、「商品の選択に努め薄利を旨として親切鄭重、あふるるばかりの愛嬌を」をもって、客をもてなす商人の心意気があってこそと、記されています。賑やかな信用ある高崎一番の問屋、商店街であったのが、本町です。往時の名残は現在の本町通りにわずかに蔵造の建物が目に入ります。
私は、祭りの季節になりますと、町内のこどもたちが練習する囃子を聞きに行きます。囃子の音に町の命を感じます。

(2019年5月稿)

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