髙崎唱歌

散歩風景 24

吉永哲郎

唱歌の25番は、「請地町より成田山不動明王縁日は 月の下旬の七八日 老若男女群集する」です。
「月の下旬の七八日」とは27・28日のことで、両日が縁日ということになります。娯楽が少なかった時代、縁日は人出が多く集まり、楽しみの空間をもっていました。現代でもいろいろなイベントで、人出が多いところには露店が並び、子どもたちの楽しみの場となります。
縁日の人出のあるなしは、露店の姿がどれほどかで想像されます。明治・大正期、高崎の縁日で賑わったのは、大信寺の呑龍様が8日、和田田中の琴平様が10日、法輪寺のさんや様が23日と毎月ありました。
今はほとんど面影はなくなってしまいました。月の10日には、つい最近まで、南町から和田町の商店先に十日会」の幟がたち、田中の琴平様へお参りするお年寄りの姿を見かけましたが、いまは正月の「初琴平」、年末の「終(しま)い琴平」など語る人も少なくなり、さびしい市内の縁日となりました。
さて成田山の境内にはよくサーカス小屋がかかりました。客寄せの「ジンタッタ、ジンタッタ」と聞こえる楽隊の「じんた」の演奏に、魅せられたものだと、お年寄りが語ります。少年の頃、境内で聞いた、「じんた」のメロディーを時折口ずさむ時があります。なんとなくノスタルジックな気分になります。
昔の高崎の縁日、ござの上に正座して横笛を吹く中村一行さんの、哀しいメロディー「籠の鳥」を吹く姿がありました、…こう語る人も、今は遠い世界へ旅立ちました。

(2019年4月稿)

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