髙崎唱歌

散歩風景 27

吉永哲郎

唱歌の28番は、「末広町なる新道は 前橋市へと出づる道 左に建てる建物は 県立高崎女学校」です。今では前橋市へは高前バイパスを車で15分ほどで行けますが、この唱歌が詠まれた明治末は、前橋への道は利根川の渡船場へ通じる道が各村々を通って沢山ありました。
今でも道祖神や庚申塔などを以外な道端で見かける時がありますが、往時を偲ぶよすがです。末広町の交差点の螺旋階段を昇り歩道橋から眼下を眺めますと、車の往来が激しい駒形線と中央通りが目に入ります。この交差点は以前「六本辻」といわれていたところで、その面影は歩道橋の昇降口5ヶ所から通じる道路に面影を残しています。歩道橋北東の階段を下りて、末広町郵便局の裏手に長野堰に架かる橋(現在暗渠、廃道のようになっている)から末広町東の交差点を真っ直ぐに、信越線・一貫堀川・上越線踏切を越え、市立塚沢小学校へと続く道が唱歌の「新道」。明治初めにぐんま大橋の上手(県庁裏)の船橋場と高崎を結ぶ新道の開発が始まり、高崎から村道・野道をつなぎ整備し、幅3メートルたらずのバラス道を開通させました。今から約百年以上の歴史をもつ「新道」ですが、前橋高崎を結ぶ重要な道路として近現代利用されています。「県立高崎女学校」(現高崎女子高校)は現在市内稲荷町に移転し、跡地は市の総合文化センターとなっています。以前バス停が「高女前」ではなく「県女前」と称していました。末広町に県下唯一の県立女学校として、1899年設立されたからです。

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