髙崎唱歌

散歩風景34

吉永哲郎

 唱歌の34番は「鶴見町には収税局小林區に司令部や 上野鉄道本社なぞ 多くの建物立ち並ぶ」です。

 「鶴見町」は1902年(明治35)に新設された町ですが、それまでは水田の多い下和田町と「高崎市案内」(1900)にあり、ちなみに下和田は「新町(現あら町)の東、即ち日本鐡道高崎停車場通りにして、全町の過半は大小の旅館、並びに飲食店など」が建ち並んでいると記されています。

 鶴見町や八島町ができる前の下和田分は、現駅前通りの広いところでした。「収税局」は現税務署のことで、最初は通町にありましたが、1904年の火災により、翌年、八島町(南小学校体育館・田圃の敷地)に移されました。戦後に旧部隊将校集会所(現市庁舎前)へ移転します。

 「小林區署」は営林署の前身で、現在の市立美術館の敷地にヒマラヤ杉に覆われた洋風の建物でした。
 「司令部」は徴兵事務を執るところで、宮元町・下横町(向雲寺境内)を経て、鶴見町の前労働金庫高崎支店跡(現在は民家)に建っていました。

 「<軽便鉄道>上野鉄道」は、現上信線の前身のことで、1897年高崎から下仁田町までの33.7kmを結びました。高崎駅ホームの0番線は「上野鉄道」のホームの位置でした。初めは定員26人の客車4輌と貨車4輌の混合列車が、交通博物館に展示されている「辨慶号」のような小さな機関車に引かれて走り、下仁田まで2時間半かかりました。その名残の通称「デキ」と親しまれている電気機関車が、上信電鉄本社前の車輛群にあります。本社裏の真っ直ぐな道は往時を偲ばせます。

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