高崎唱歌

散歩風景⑧

吉永哲郎

唱歌の9番は「公園出でて宮元町 堀べに沿ふて右左(みぎひだり) 池水澄みて魚躍る 大手前の広小路」です。現在の堀端は自動車が通れる広い道になっていますが、堀沿いには棘のある枳殻(からたち)の垣が続き、やっと人が通れるほどの道であったといわれています。公園を出て掘沿いにスズランデパートの交差点までの道は、城下町の面影を偲ぶことができます。シンホニー道路に出会うあたり(道路開通以前)は、白亜の高崎教会(安中教会牧師柏木義円の『上毛教界月報』発行所であった)や明治の深井学校(以前の橘医院の一角にあり、小学校に常に通学できない子弟を中心にした家塾)、堀の中は戦中は連隊の将校集会所や酒保(兵舎内の売店)、戦後は税務署・市立三中などがあり、その通用門は城の辰巳門の跡でした。「将軍の孫」のブロンズ像前に佇みますと、激動の昭和前期の高崎が浮かんできますが、この風景を知る人は少なくなりました。高崎公園から堀沿いに辰巳門跡から先の交差点までの散歩道は、冬は徐々に葉が落ちる姿を見せる椋(むく)の大木、春は桜が堀に映り、花散る頃の堀は花筏、初夏までは群生する大きなつつじが日を追って楽しませ、時に運がよければ「かわせみ」の敏捷な飛鳥の姿を見かけることもある散歩道。晴れた日でなくとも、小雨煙る夜などは、ひときわ城下の情緒を感じさせます。高崎の街風景は休息に変化していますが、この静寂な堀沿いの空間こそ、商都高崎の象徴だと、私は思います。

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