銀幕から生まれた昭和の映画女優9

気品を備えた貫禄 美しき女傑 -岩下 志麻-

志尾 睦子

 パッと浮かぶ姿が、着物姿という女優さんがいる。昭和の銀幕女優は誰も着物がよくお似合いだが、その中でも私にとって岩下志麻さんは、その代表格に当たる。その所以は『極道の妻たち』のイメージによるところが大きい。実際の映画を見たことがない若い世代も、「ごくつま」の愛称と岩下志麻さん扮する姐御はセットで思い浮かぶというから、その認知度の高さが伺える。物語の世界観を一人の役者が体現している好例で、私も最初にこの方を認識したのは高名なこのシリーズものだった。
 襟元を深く開けながらもだらしなく見えないパリッとした着こなし。男性陣に引けを取らない貫禄と、併せ持つ美しさ。映画女優のただならぬ風格に、見ているだけで痺れる感じがしたものだ。
 岩下志麻さんの女優としてのデビューは1958年、NHKのテレビドラマだった。その2年後に松竹映画に専属女優として入社、『笛吹川』(木下恵介監督)で映画デビューをする。次いで小津監督の『秋日和』に出演。端役の岩下志麻を、小津監督は「10年に一人の逸材」と称し、彼女を大切に育てるようにと松竹幹部に言い含めたという。
 1962年、小津監督は『秋刀魚の味』で岩下志麻をヒロインに抜擢する。妻に先立たれた父親と、その娘の結婚をめぐる家族の物語。私自身、小津作品の中で断トツに好きな映画がこの『秋刀魚の味』である。岩下さん演じる娘・路子のたおやかな女性像がなんとも印象深く残っている。小津監督は次作も岩下さんを主演に構想を練っていたそうだが、それは叶わず、これが遺作となった。
 岩下さんはこれが出世作となり、専属制度が終わる1976年まで松竹映画に在籍、看板女優として活躍した。
 その数年後、今度は東映の一時代を牽引していくことになる。『極道の妻たち』(1986年/五社英雄監督)の起用である。新しい観客層を呼び込むため、当時人気を博していた大物女優の起用を必須とした企画で、第1作に岩下志麻さんが配役された。映画は大ヒットし、2作目は十朱幸代、3作目を三田佳子で製作された。4作目の主人公も候補があったがここで岩下さんに戻り、以降7作、つまり全8作で主演を務めた。
 極妻のシリーズは毎回設定が変わる。同じ人物の様々なエピソードを描くのとは違い、特殊な世界で生きる激しい女の一生が、その都度の人物像で描かれた。岩下志麻の手にかかると、その誰もが魅力的で輝きを放った。
 演者としてのふり幅と奥行きの深さに裏打ちされた偉業であったと言えよう。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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