136.橋の風景から22

―長井川橋―

吉永哲郎

 倉渕町権田の信号機は、川浦から二度上峠へ鳥川に沿っての道と、東吾妻町大戸、須賀尾峠を経て草津へ行く草津街道と分岐点にあります。昔は権田・三ノ倉地域は「坂下」といい、大戸・萩生地域を「坂上」というのに対していました。長井川に沿った長井集落を通る草津街道は坂道で、長井川橋は文字通り清流長井川架かる橋です。現在の色鮮やかなブルーの手すりの橋は、昭和63年9月改修の橋。左岸の上の台地には石器時代の住居遺跡があり、古代から人が居住していたことを知ります。橋を渡り倉渕温泉あたりまで渡ると急坂になり、鬱蒼とした木立が深く続き、今でこそ舗装され、木漏れ陽のある道ですが、江戸時代から明治末までは、昼なお暗い坂道であったことを思います。その証拠に、坂の途中の道脇の草むらに「郵便逓送人蛭田仙吉遭難之碑」と刻された3メートル37センチの方柱があります。これは明治34年10月24日深夜、三ノ倉から大戸への郵便物逓送中、この碑のあたりで盗賊に斧で襲われ、亡くなった郵便配達の人の慰霊碑です。また、この坂道は大戸で処刑される国定忠治の唐丸駕籠が、大勢の役人に囲まれて通った道。上り詰めると大沢峠。峠を越えると遠く草津白根山や上信越県境の山々の姿をみえ、風景が広がります。
 さて、足下でカジカガエルが鳴く橋上に立っていますと、さまざまな思いを胸にした旅人の姿が浮かんできます。

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