105.高崎新風土記「私の心の風景」

看板娘

吉永哲郎

 岡本綺堂『半七捕物帳』の「筆屋の娘」に「姉妹ともに色白の容貌好<きりょうよし>で・・・。まあ、さういふ看板が二人坐ってゐれば、店は自然と繁盛するわけですが」ということばがあります。「看板娘」とは、店先にいて客をひきつけるような美人で、魅力がある娘。店の看板がわりになる娘のことです。先の作品の続きは「看板娘が一度に二人無くなって、おまけに店から引廻し(重罪人)が出ちゃあもうこの土地で商売をしちゃゐられねぇ」とあります。看板娘の姿がなくなり、店から罪人がでたとなると、街中の華やぎが消え、寂しい気持を人々が感じとっている雰囲気がうかがわれます。
 「看板娘」といえば、「角のたばこ屋の看板娘」を思い出される人が多いと思います。現在は自販機の時代、直接看板娘からたばこを手にした愛煙家たちには、たばこの煙のくゆるロマンのひとときを失った、さびしい冬の時代になったのかもしれません。「ありがとうございました」と、時に娘の謎めいた微笑みに、なんとなく浮き立った気持をもった青春の思い出、人工的な女性の声で「ありがとうございました」といわれても、なにか青春時代を穢される思いに駆られます。わずかにその看板娘を思い出させる、街中の角のたばこ屋さんが、今でもあります。もしかして、昔の看板娘に出会うかもしれません。

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