髙崎唱歌

散歩風景 18

吉永哲郎

唱歌の19番は、「並榎町より上和田町 ここに鉱泉湧出す 神武天皇遥拝所 ここは桜花の名所なり」です。並榎町と上和田町は烏川左岸の台地に広がる土地で、弥生人が住んでいた遺跡が点在していました。現在は住宅地となり、面影はありませんが、明治になって、この台地からの北西の浅間山をはじめとする山々や、烏川の眺望がよいところから、市内の料亭の別荘をはじめ恒久住宅が建ち始めたところです。
「神武天皇遥拝所」は、赤坂町長松寺北裏の台地に、明治初め「禊(みそぎ)社中」の信徒が建てたもので、広い境内には桜の木が植えられ、花の季節は人出で賑わったと聞きます。さらに境内下では鉱泉が湧き出ていて、当時は上和田鉱泉いわれ、その後近年まで「神武の湯」として、三階の公衆浴場がありました。また、鉱泉隣には鯉池があり、「鯉池」という川魚料理の美人揃いの小料理屋があって、大正から昭和初期にかけて、若者が夜な夜な通ったところです。
現在は住宅街になっていますが、わずかに三階湯の名残の石段が残っています。「鯉池」の隣の長松寺北西の石垣下には、藩から許された長松寺車という長野堰から水を引いた水車が3台あり、明治になって水車を回した水で数面の養殖鯉池ができたとも。
先日、往時の面影を求めて住宅街を散策していた時、京都東山麓の別荘のように、家の緑の下に水草の水が流れていた長松寺車小屋を思い出しました。小屋とはいえ、風流な建物でした。

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