銀幕から生まれた昭和の映画女優6

華やかでありながら控えめな唯一無二の存在感 -江波 杏子-

志尾 睦子

 高崎電気館の入り口には、かつての面影を伝える写真が何枚か飾られている。『大怪獣決闘ガメラ対バルコン』(1966年4月公開)の巨大看板を掲げた写真もその一つ。大映と専属契約を結んでいた時代の一枚だ。映画館は長蛇の列で毎日賑わっていたと聞く。
 さて、この作品、ガメラと戦うバルコンは、ニューギニアの秘境「虹の谷」に伝わる伝説の怪獣として出てくる。一攫千金を狙う日本人の手によって、宝石と間違えられたバルコンの卵が日本に渡ってきてしまう。成獣となったバルコンを鎮めるためにニューギニアからやってくるのが虹の谷近辺の集落を治める酋長の娘・カレン。彼の地に住み着いた日本人医師の助手として働くカレンは日本語を流暢に話す設定とはいえ、ニューギニア人ということになる。そんな人物像を難なくこなしたのが、当時24歳だった江波杏子さんだ。目鼻立ちのクッキリとしたお顔に、スレンダーでありながらグラマラスな肉体で南国の衣装を着こなした彼女。華やかだけれども、一種独特の控えめな美しさに彩られていたように感じた。この映画の半年後、後に彼女の代名詞となる『女の賭場』(田中重雄監督)が公開される。映画は大ヒットし、「昇り竜のお銀」として、その名を馳せていく。
 17歳で大映のニューフェースとして入社し、すぐに映画出演を果たすものの、彼女が主役で扱われるようになるのはだいぶ後の事だった。60年代初頭の大映スターといえば山本富士子と若尾文子。二人との共演作が続くなかで江波杏子は、主役をたて脇を固める一人として演技力に磨きをかけた。主役こそ張らなかったが、江波さんは大映の主力女優として確かな地位を築いていったわけである。転機となった『女の賭場』も、実は若尾文子主演で始まった企画だったという。しかし若尾さんが怪我で降板となり、江波杏子の抜擢となった。東映の仁侠シリーズに火がつき始めた頃に大映が打って出た女賭博師は、江波杏子とのマッチングで功を奏したと言えそうだ。「昇り竜のお銀」は、大映の一時代を支えた大ヒットシリーズとなりその後17作、大映が倒産する1971年まで続いた。
 1973年ATGが製作した『津軽じょんがら節』で主役を演じた江波杏子は、そこで仁侠シリーズのイメージを一新。演技派として幅の広さを実証した。その後のご活躍はいうまでもないが、華やかでありながら控えめで、知的さ漂う存在は、今も昔も変わらない唯一無二のものではないだろうか。

志尾 睦子(しお むつこ)
群馬県立女子大学在学中にボランティアスタッフとして高崎映画祭の活動に参加。群馬県内初のミニシアター「シネマテークたかさき」の総支配人を務めると同時に、日本を代表する映画祭である高崎映画祭総合プロデューサーとして活躍。

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