平成時代の高崎(5)

(2019年03月30日)

キリンビール高崎工場
高崎操車場跡地
高崎駅東口のヤマダ電機建設地
イオンモール高崎建設工事
高崎スマートIC産業団地の造成

新たな産業拠点の創出へ

キリンビール高崎工場閉鎖と森永高崎工場の操業

昭和40年に倉賀野工業団地(宮原町)で操業したキリンビール高崎工場が平成12年8月に閉鎖した。前年の9月に高崎工場閉鎖の発表があり市内に激震が走った。閉鎖の理由は、製造ラインの老朽化や国道17号に分断され増設が困難であることなどで、栃木工場に統合する考えが示された。

大びん換算で年間3億本分を生産、高崎を代表する工場で従業員の多くは地元採用だった。工場を開放するフェスティバルを開催するなど、高崎市民に愛されていた。

平成19年秋に森永製菓がキリンビール跡地の17万8千㎡の取得と旗艦工場の建設を発表した。平成23年(2011)4月に、森永製菓株式会社100%出資の生産子会社として高崎森永株式会社が設立され、第1工場が同年8月に操業、平成25年(2013)に第2工場が操業した。また、同年に、敷地内にスイスに本社を置く世界最大のチョコレート会社、バリーカレボー社の日本拠点工場が完成。平成30年に森永製菓は第三工場の計画を発表、2020年竣工予定。

敷地の西側部分には、平成29年に群馬県内の郵便物を配送するメガ拠点「群馬南郵便局」が開局した。

 

二転三転した高崎操車場跡地

高崎市下之城町の高崎操車場跡地(17.6ha)の整備構想が平成2年(1990)7月に発表された。跡地と周辺を含めた65 haを開発地域とし、研究開発施設(リサーチパーク)を主体に、住宅、アミューズメント施設を加えた複合施設が提唱された。民間の研究機関を複数誘致して、新駅の設置も盛り込まれた。

平成9年12月に高崎操車場跡地周辺土地区画整理事業として計画が認可され、操車場跡地と周辺地域を合わせた総面積75.3ヘクタールの整備に着手した。

企業誘致は進まず、平成14年に起業家育成と新ビジネスの支援を背景に、高崎市は新産業創出を盛り込んだ「高崎ビジネスパーク」を構想した。この計画の中核となるインキュベーション施設の建設に着手し、平成18年8月に高崎商工会議所を指定管理者に高崎市産業創造館が開館した。

産業創造館の開館以降も、ビジネスパークに企業進出する動きはなく、高崎市は平成23年に全国一とされるビジネス立地施策を打ち出し、第一陣として株式会社原田、原株式会社、株式会社高崎共同計算センターが進出した。

 

利便性の高い都市型産業拠点

高崎スマートIC産業団地

高崎の高速交通利便性を高め、新たな産業拠点を創出するため、高崎市は高崎駅東口線(東毛広域幹線道路)から関越自動車道にアクセスする高崎玉村スマートICに平成23年8月に着工、平成26年2月にオープンした。

高崎市は、スマートIC周辺に産業団地の造成を進め、交通利便性の高い都市型産業団地として進出希望の企業が50社以上あった。高崎市は条件に合った34社から8社を一次内定企業として選定した。現在、工場建設が順次進んでおり、これまでに株式会社武蔵野群馬工場、日本ルナ株式会社高崎工場が操業している。

高崎スマートIC産業団地については、流通業の進出希望が多かったことから、高崎市は、高崎市総合卸売市場周辺に高崎354複合産業団地の造成計画を進めている。

 

イオンモール高崎など郊外型大型小売店の進出

大規模店の顧客吸引力は大きく、郊外や中心市街地の小売業に大きな影響を与えている。

高崎市は、平成21年と平成26年に国から中心市街地活性化基本計画の認定を受けており、中心市街地の商業集積を維持するために、工業地域など中心市街地以外での商業施設出店に制限を設けている。

平成8年以降、アピタ高崎店(矢中町)、ミスターマックス倉賀野店、北高崎駅北にドイトが開店。

平成18年10月に、太田に続いて県内で2店舗目となる「イオンモール高崎」が棟高町に開店した。イオンモール高崎は、商業だけでなく、交通や物流、地域開発など様々な影響を及ぼしている。現在、店舗の拡張計画が進められている。

平成20年に高崎木材市場跡地にウニクス高崎が開店。平成22年(2010)3月、大八木町の群栄化学工業跡地にホームセンターのスーパービバホーム等が出店した。

 

高崎駅東西の商業環境が大きく変化

平成17年8月にヤマダ電機は高崎駅東口への本社移転を発表した。ヤマダ電機の一宮浩二副社長(当時)は、記者会見で「高崎駅に直接アクセスできる最高の立地条件」と、駅直結の利便性を本社移転の理由の一番に上げた。この場所は、かつて高崎製紙があった場所で、テニスクラブ、駐車場となっており、駅前の一等地の動向が注目されていた。

平成20年7月11日にヤマダ電機LABI1高崎が開店し、2階正面入口前で盛大にオープニングセレモニーが行われた。

高崎駅東口のペデストリアンデッキ建設など、昭和57年の上越新幹線開業以来20年を経て高崎駅東口の再開発が大きく動き出した。ヤマダ電機本社の高崎移転により、高崎のビジネス力も高まり、商業売上は全国14位、政令市と比肩する規模となった。高崎をビジネス拠点とする企業も増加している。

高崎駅西口には、平成29年10月に都市型ファッションビル「高崎オーパ」がグランドオープンした。同地は昭和51年にニチイ高崎店が開店、その後業態変更で、昭和61年に高崎サティ、平成8年に高崎ビブレへと転換した。平成26年3月31日に高崎ビブレが閉店し、日本通運跡地、長谷川ホテルの敷地も統合し高崎オーパが建設された。

高崎オーパは、高崎駅西口とペデストリアンデッキで直結し、さらにペデストリアンデッキは高崎髙島屋、ウエストパーク1000と接続し高崎駅西口エリアの回遊性を高めている。また高崎オーパの開店により、高崎駅ビルモントレー、高崎髙島屋、ヤマダ電機など高崎駅周辺の商業集積が高まり、大きな集客力が生まれている。

 

高崎商工会議所『商工たかさき』2019年3月

 

 

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